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TORENDIA

婦人も参政権を要求す

本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

各地で普通選挙運動が再燃する中、執筆者は民主主義の理念に基づき、男女の別を問わず全ての個人が平等の参政権を持つべきだと主張する。納税額や性別による制限は国民の創造能力を否定し、政治を一部階級の専制へと変質させるものであると指摘する。本稿は、婦人を政治的権利から除外することは真の民主主義の実現を阻むものだと断じ、男女同一の選挙権享有を求める自身の要求を全国の国民と政府に対して力強く提示する。

与謝野晶子

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🎧 婦人も参政権を要求す / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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二月に入って俄かに普通選挙の運動が各地に起り出しました。かつて明治四十一年に政友会の提出した普通選挙法案が一旦衆議院を通過しながら、元老や貴族院の保守的勢力の圧迫に依って頓挫してしまったことは、私たちの記憶にまだ新しいのですが、今年の議会に国民党、憲政会、政府等から各別に三つの選挙法改正案が提出された際ですから、これを好い機会として、久しく眠っていたこの運動が十幾年ぶりに復活して来たのだと思います。

これに対して私たち婦人は、唯だそういう事象が男子の間にあるとして冷淡に看過して好いでしょうか、どうか。言い換えれば、そういう問題は私たち婦人と直接に何の交渉もないものでしょうか、どうか。私はこれについて、一般の婦人たちとは勿論、併せて一般の男子たちとも反省してみたいと思います。

普通選挙は世界の大勢であるからこれを要求するのだという人があるなら、私はその人が模倣同化の通有性のみあって、自由独創の個性に乏しいことを惜みます。今日は国家とか民族とかに由って制限される何物もありません。現に巴里の講和会議で「国際連盟」が討議されているように、個人の道徳生活の範囲はあらゆる民族とあらゆる国家との保存を包容したものの全体、即ち「世界人類」の平和にまで拡げられているのですから、世界の問題はやがて個人の問題ですけれど、その世界人類の中心となるものは常に個人なのですから、個人の自発的要求と合わない限り、世界の大勢であるからといって、その良いものであるか、悪いものであるかを批判しないで、迷信的事大的に受け容れることは出来ません。古人が「千万人といえども我れ行かん」といいました通り、自ら発し、自ら批判し、自ら確信する要求には、世界の大勢にも楯つき、わざと険を冒して辞せず、命をも賭けるほど熱情と真摯と沈勇とがあります。

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