京都日記
本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
京都を訪れた著者が、光悦寺の茶席増設に反感を抱き、町中で遭遇する竹藪に独特の感慨を覚え、お茶屋で舞妓の踊りを眺める様子を綴る随筆。歴史的な寺院で安易に建てられる茶席への違和感や、町の随所に出現する京都らしい竹の風情、さらには宴の場で見た子供らしい舞妓の姿を通し、著者が旅先で抱く旅愁や寂寥感を、大正七年という時代の空気とともに回想的に描き出す。
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光悦寺
光悦寺へ行つたら、本堂の横手の松の中に小さな家が二軒立つてゐる。それがいづれも妙に納つてゐる所を見ると、物置きなんぞの類ではないらしい。らしい所か、その一軒には大倉喜八郎氏の書いた額さへも懸つてゐる。そこで案内をしてくれた小林雨郊君をつかまへて、「これは何です」と尋ねたら、「光悦会で建てた茶席です」と云ふ答へがあつた。
自分は急に、光悦会がくだらなくなつた。
「あの連中は光悦に御出入を申しつけた気でゐるやうぢやありませんか。」
小林君は自分の毒口を聞いて、にやにや笑ひ出した。
「これが出来たので鷹ヶ峯と鷲ヶ峯とが続いてゐる所が見えなくなりました。茶席など造るより、あの辺の雑木でも払へばよろしいにな。」
小林君が洋傘で指さした方を見ると、成程もぢやもぢや生え繁つた初夏の雑木の梢が鷹ヶ峯の左の裾を、鬱陶しく隠してゐる。あれがなくなつたら、山ばかりでなく、向うに光つてゐる大竹藪もよく見えるやうになるだらう。第一その方が茶席を造るよりは、手数がかからないのに違ひない。
それから二人で庫裡へ行つて、住職の坊さんに宝物を見せて貰つた。その中に一つ、銀の桔梗と金の薄とが入り乱れた上に美しい手蹟で歌を書いた、八寸四方位の小さな軸がある。これは薄の葉の垂れた工合が、殊に出来が面白い。小林君は専門家だけに、それを床柱にぶら下げて貰つて、「よろしいな。銀もよう焼けてゐる」とか何とか云つてゐる。自分は敷島を啣へて、まだ仏頂面をしてゐたが、やはりこの絵を見てゐると、落着きのある、朗な好い心もちになつて来た。
が、暫くすると住職の坊さんが、小林君の方を向いて、こんな事を云った。
「もう少しすると、又一つ茶席が建ちます。」
小林君もこれには聊か驚いたらしい。
「又光悦会ですか。」
「いいえ、今度は個人でございます。」