追憶
本文約11,000字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
古家の毀壊や位牌、庭の樹木や子守りの怪談、草双紙への愛着、お狸様の存在など、幼少期から学生時代に至るまでの記憶の断片を綴る。明治期の日常風景や家族との思い出、学校での経験や同級生との交流、さらには折々の心境や感情の動きを克明に描き出し、過去の様々な光景を回想する。
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一 埃
僕の記憶の始まりは数え年の四つの時のことである。と言ってもたいした記憶ではない。ただ広さんという大工が一人、梯子か何かに乗ったまま玄能で天井を叩いている、天井からはぱっぱっと埃が出る――そんな光景を覚えているのである。
これは江戸の昔から祖父や父の住んでいた古家を毀した時のことである。僕は数え年の四つの秋、新しい家に住むようになった。したがって古家を毀したのは遅くもその年の春だったであろう。
二 位牌
僕の家の仏壇には祖父母の位牌や叔父の位牌の前に大きい位牌が一つあった。それは天保何年かに没した曾祖父母の位牌だった。僕はもの心のついた時から、この金箔の黒ずんだ位牌に恐怖に近いものを感じていた。
僕ののちに聞いたところによれば、曾祖父は奥坊主を勤めていたものの、二人の娘を二人とも花魁に売ったという人だった。のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家に焚きもののない時には鉈で縁側を叩き壊し、それを薪にしたという人だった。
三 庭木
新しい僕の家の庭には冬青、榧、木斛、かくれみの、臘梅、八つ手、五葉の松などが植わっていた。僕はそれらの木の中でも特に一本の臘梅を愛した。が、五葉の松だけは何か無気味でならなかった。
四 「てつ」
僕の家には子守りのほかに「てつ」という女中が一人あった。この女中はのちに「源さん」という大工のお上さんになったために「源てつ」という渾名を貰ったものである。
なんでも一月か二月のある夜、(僕は数え年の五つだった)地震のために目をさました「てつ」は前後の分別を失ったとみえ、枕もとの行灯をぶら下げたなり、茶の間から座敷を走りまわった。僕はその時座敷の畳に油じみのできたのを覚えている。それからまた夜中の庭に雪の積もっていたのを覚えている。
五 猫の魂