本文へ移動
TORENDIA

その人の四年間

本文約5,500字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

中野鷺宮で初対面した壺井栄の友人・櫛田ふきは、出征した婚約者を待ち続ける娘を支えながら、戦時下でも娘の純粋な心を尊重し続けた母である。戦後、櫛田は婦人民主クラブの実務担当者として、困難な状況下でも粘り強く献身的な働きを見せる。本作は、櫛田の誠実な生き方と、彼女がクラブや機関紙の活動を通じて家庭の母から社会的な母へと母性を拡大させていく過程を辿り、平和な社会を目指す日本の婦人運動の歩みを綴る。

宮本百合子

速度
🎧 その人の四年間 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 7

一

一九四三年だったかそれともその翌年だったか、ある夏のことであった。ある晩わたしは、中野鷺宮の壺井栄さんの家の縁側ですずんでいた。そのころ、わたしにとって栄さんの家は生活の上になくてはならない休みどころであった。手拭の新しいので縫った小さい米袋に、ひとにぎりの米を入れ、なにかありあわせたおかずがあればそれも買物籠に入れて栄さんのところに出かけた。そして栄さんの家族にまじって賑やかな、それでいてしっとりした御飯をたべさせてもらい、大抵の時はそのまま腰がぬけて泊めてもらった。それはわたしの「里がえり」とか「やぶ入り」とかいう名がついていた。

その晩もやっぱりそういう「里がえり」の一日であったのだろうと思う。縁側で涼しい風にあたっている時、栄さんが、もしかしたらいまに櫛田さんがくるかもしれませんよといった。わたしはその人が誰だか知らなかったし、おちあったこともなかった。その頃栄さんは、若い婦人のためのある雑誌に連載小説をかいていた。その雑誌の編輯者が櫛田ふきさんというその人であった。本当は今日原稿をわたす約束だったのだけれども、何しろこのありさまでね、と栄さんはすっかり筋をぬいてそこにたぐまっているわたしを見て笑った。わたしも笑って、いいことよ。わたしが実物証明をしてあげるから、あなたの小説が書けなかったわけは、これだけかさばった証明があれば許してくれるわよ、などといっていたときに、玄関で、ごめんなさいという元気なはりのある声がした。つづいてあがってもよくてというなり、もうその足音は廊下をつたわってきた。

わたしはふざけて、そら来たといってあやまる仕度に坐りなおした。そこへ小柄な中年の女の人と二十四、五の若々しい人とがつれだって入ってきた。入ってきた人は、知らない人がいたので、あら、ごめんなさい、いきなり入って来てしまって、とふすまぎわに立ちどまった。栄さんが櫛田ふきさんと娘さん、わたしとを紹介した。

このようにして櫛田さんとわたしとは初対面した。やがてわれわれみんなの間に新しい友情や仕事がもたらされるということについては、その時は何もしらずに。

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本