巴里祭
本文約30,100字 ・ 読了時間 約61分
あらすじ(AIが作成しました)
パリに長年滞在する淀嶋新吉は、かつて恋したカテリイヌを巴里祭の喧騒の中で見つけようと試みる。新吉はモンパルナッスからパッシイ区へ転居し、隣人の服装家ベッシェール夫人や遊び女のリサらと交流する中で、パリという土地がもたらす独自の感化と自身の心境の変化に向き合う。本作は、異国で浮遊する「追放人」として暮らしてきた男が、パリの生活を通じて人生の真実味を見出し、新たな生へと踏み出すまでの心理の推移を描く。
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彼等自らうら淋しく追放人といっている巴里幾年もの滞在外国人がある。初めはラテン区が彼等の巣窟だったが、次にモンマルトルに移り、今ではモンパルナッスが中心地となっている。
――六月三十日より前に巴里を去るのも阿呆、六月三十日より後に巴里に居残るのも阿呆。」 これは追放人等の口から口に伝えられている諺である。つまり六月一ぱいまでは何かと言いながら年中行事の催物が続き、まだ巴里に実がある。此の後は季節が海岸の避暑地に移って巴里は殻になる。折角今年流行の夏帽子も冠ってその甲斐はない。彼等は伊達に就いても効果の無いことは互にいましめ合う。
淀嶋新吉は滞在邦人の中でも追放人の方である。だが自分でそう呼ぶことすらもう月並の嫌味を感じるくらい巴里の水になずんでしまった。いわゆる「川向う」の流行の繁華区域は、皮膚にさえもうるさく感じるようになって、僅かばかりの家財を自動車で自分で運び、グルネルの橋を渡り、妾町と言われているパッシイ区のモツアルト街に引移った。それも四年程前である。彼の借りた家の塀には隣の女服装家ベッシェール夫人の家の金鎖草が丈の高い木蔓を分けて年々に黄色に咲く。
――今年の夏は十三日間おれは阿呆になる積りだ。」 新吉は訊かれる人があればそう答えた。諺を知っている追放人仲間は成程彼が珍らしく七月十四日のキャトールズ・ジュイエの祭まで土地に居残るつもりだなと簡単に合点した。諺をまだ知らない同国人の留学生等には彼の方から単純に説明した。
――今年はひとつ巴里祭を見る積りです。」 彼は彼が十五年前に恋したまゝで逢えなかったカテリイヌが此頃巴里の何処かに居ると噂に聞き、そのカテリイヌを、夏に居残る巴里人の殆ど全部が街へ出て騒ぐ巴里祭の混雑のなかで見付けようとする、彼の夢のような覚束ない計画などは誰にも言わなかった。