本文へ移動
TORENDIA

恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ

本文約2,500字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

媒酌結婚と自由結婚の得失を論じ、恋愛と結婚の本質を考察する。恋愛は恒久や純潔を保つものではなく、結婚と共に変質し、人生には幻滅が伴うと説く。聡明さの度合いによる結婚様式の選択、離婚に対する合理的態度、親子の理解の重要性を提唱し、恋愛を過度に高調する風潮に警鐘を鳴らす。結婚生活は常に幻滅を内包するものであり、理想化せずに冷静に捉えるべきであるという結婚観と人生観を綴る。

芥川龍之介

速度
🎧 恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

媒酌結婚で結構です

媒酌結婚と自由結婚との得失といふことは、結局、この二種の結婚様式が結婚後の生活の上に、如何なる幸福を導き出し、如何なる不幸を齎すかといふことのやうに解せられる。併し結婚生活の幸福とは果して如何なることを意味するであらうか、それも考へなければならぬ。太く短く楽しむのか、細く長く楽しむのか、それとも又た夫婦間に衝突のある生活なのか、俄かに決定することの出来ない問題である。又た恋愛といふもの、昔の人達の考へたやうな清浄高潔な恋愛といふものが、世の中にあるだらうか否かといふことについても、私は疑ひを懐いてゐるものである。

実際に於て、さういふ生活があり得るか否かは別問題として、一般の人たちが考へるやうに、太く長く且つ平和に楽しめる夫婦生活といふものを、理想とし幸福として考へるならば、聡明な男女には自由結婚が適して居り、聡明でない男女には媒酌結婚が適してゐると私は言ひたい。併し聡明といふことと、青年といふことは、多くの場合一致しないものである。だから大抵の場合、媒酌結婚で結構だと思ふ。

ホリデイ・ラブ

右は大体について言うたのであるが、無知な大人が媒酌する結婚は、聡明でない青年男女が自由結婚をするのよりも遥かに危険である。ここに無知といふのは、理解といふ言葉の意味を広義に解釈したときの無理解といふことである。即ち現在二人が如何なる人生観を有つてゐるか、それが将来如何に変化してゆくだらうかといふ点まで考へないことである。結婚が人生の大きな時期を作るものであることは申すまでもない。結婚前の人物や思想といふものは、結婚によつて変ることが多く、結婚前の愛は結婚と同時になくなる、少くも変形するものである。

芥川龍之介の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本