毛利先生
本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
中学三年生の語り手の前に、急逝した教師の代用として毛利先生が現れる。古びた服装と拙い翻訳能力から、生徒たちは先生を軽んじ嘲笑する。しかし数年後、カフェで客もいない中で給仕相手に熱心に英語を教え続ける老人の姿を見た語り手は、己の過去の誤謬を深く恥じ、人生をかけて教えることに執念を燃やす一人の教育者の崇高な精神に初めて触れ、言い知れぬ感動を覚える。
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歳晩のある暮方、自分は友人の批評家と二人で、所謂腰弁街道の、裸になった並樹の柳の下を、神田橋の方へ歩いていた。自分たちの左右には、昔、島崎藤村が「もっと頭をあげて歩け」と慷慨した、下級官吏らしい人々が、まだ漂っている黄昏の光の中に、蹌踉たる歩みを運んで行く。期せずして、同じく憂鬱な心もちを、払いのけようとしても払いのけられなかったからであろう。自分たちは外套の肩をすり合せるようにして、心もち足を早めながら、大手町の停留場を通りこすまでは、ほとんど一言もきかずにいた。すると友人の批評家が、あすこの赤い柱の下に、電車を待っている人々の寒むそうな姿を一瞥すると、急に身ぶるいを一つして、
「毛利先生の事を思い出す。」と、独り語のように呟いた。
「毛利先生と云うのは誰だい。」
「僕の中学の先生さ。まだ君には話した事がなかったかな。」
自分は否と云う代りに、黙って帽子の庇を下げた。これから下に掲げるのはその時その友人が、歩きながら自分に話してくれた、その毛利先生の追憶である。――
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もうかれこれ十年ばかり以前、自分がまだある府立中学の三年級にいた時の事である。自分の級に英語を教えていた、安達先生と云う若い教師が、インフルエンザから来た急性肺炎で冬期休業の間に物故してしまった。それが余り突然だったので、適当な後任を物色する余裕がなかったからの窮策であろう。自分の中学は、当時ある私立中学で英語の教師を勤めていた、毛利先生と云う老人に、今まで安達先生の受持っていた授業を一時嘱託した。