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TORENDIA

春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる

本文約770字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

春の日の光に包まれた往来を、芥川龍之介が一人で散策する様子を綴る。通りで出会う屋根屋の姿や、道具屋の棚に並ぶ徳利、八百屋の慈姑や小鳥屋の光景を観察しながら歩を進める。道中では大学生の会話や馬の姿、黄色い竹藪や散った椿など、日常の細やかな情景が捉えられる。断片的な視覚情報や通り過ぎる人々の言葉を拾い上げ、春の日の何気ない日常の断片を淡々と描写する随筆である。

芥川龍之介

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🎧 春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる。向うから来るのは屋根屋の親かた。屋根屋の親かたもこの節は紺の背広に中折帽をかぶり、ゴムか何かの長靴をはいてゐる。それにしても大きい長靴だなあ。膝――どころではない。腿も半分がたは隠れてゐる。ああ云ふ長靴をはいた時には、長靴をはいたと云ふよりも、何かの拍子に長靴の中へ落つこつたやうな気がするだらうなあ。

顔馴染の道具屋を覗いて見る。正面の紅木の棚の上に虫明けらしい徳利が一本。あの徳利の口などは妙に猥褻に出来上つてゐる。さうさう、いつか見た古備前の徳利の口もちよいと接吻位したかつたつけ。鼻の先に染めつけの皿が一枚。藍色の柳の枝垂れた下にやはり藍色の人が一人、莫迦に長い釣竿を伸ばしてゐる。誰かと思つて覗きこんで見たら、金沢にゐる室生犀星!

又ぶらぶら歩きはじめる。八百屋の店に慈姑がすこし。慈姑の皮の色は上品だなあ。古い泥七宝の青に似てゐる。あの慈姑を買はうかしら。をつけ。買ふ気のないことは知つてゐる癖に。だが一体どう云ふものだらう、自分にもをつきたい気のするのは。今度は小鳥屋。どこもかしこも鳥籠だらけだなあ。おや、御亭主も気楽さうに山雀の籠の中に坐つてゐる!

「つまり馬に乗つた時と同じなのさ。」

「カントの論文に崇られたんだね。」

後ろからさつさと通りぬける制服制帽の大学生が二人。ちよいと聞いた他人の会話と云ふものは気違ひの会話に似てゐるなあ。この辺そろそろ上り坂。もうあの家の椿などは落ちて茶色に変つてゐる。尤も崖側の竹藪は不相変黄ばんだままなのだが………おつと向うから馬が来たぞ。馬の目玉は大きいなあ。竹藪も椿も己の顔もみんな目玉の中に映つてゐる。馬のあとからはモンジロ蝶。

「生ミタテ玉子アリマス。」

アア、サウデスカ? ワタシハ玉子ハ入リマセン。――春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる。

完

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