随筆難
本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
随筆を書くことの難しさを綴る本稿は、筆者が自身の随筆に対して読者から寄せられる様々な反響を紹介する。物理学の用語使用や事実関係の誤りに対する指摘、教科書に採用された作品への分析的な解釈、あるいは金銭を求める手紙など、読者との多様な関わりを挙げる。さらに、同じ話題を繰り返すことの是非や、随筆家が直面する葛藤を率直に描き出し、随筆を書くという行為そのものが抱える困難と、それに対する筆者自身の偽らざる心情を記述する。
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随筆は思ったことを書きさえすればよいのであるから、その思ったことがどれほど他愛のないことであっても、またその考えがどんなに間違った考えであっても、ただ本当にそう思ったことをその通り忠実に書いてありさえすればその随筆の随筆としての真実性には欠陥はないはずである。それで、間違ったことが書いてあれば、読者はそれによってその筆者がそういう間違ったことを考えているという、つまらない事実ではあるがとにかく、一つの事実を認識すればそれで済むのである。国定教科書の内容に間違いのある場合とはよほどわけがちがうのではないかと思われる。尤も、いわゆる随筆にも色々あって、中には教壇から見下ろして読者を教訓するような態度で書かれたものもあり、お茶をのみながら友達に話をするような体裁のものもあり、あるいはまた独り言ないし寝言のようなものもあるであろうが、たとえどういう形式をとったものであろうとも、読者としては例えば自分が医者になって一人の患者の容態を聞きながらその人の診察をしているような気持で読めば一番間違いがないのではないかと思われる。随筆など書いて人に読んでもらおうというのはどの道何かしら「訴えたい」ところのある場合が多いであろうと思われる。
少なくも、自分の場合には、いつもただその時に思ったことをその通りに書いてゆくだけであるから、色々間違ったことを書いたり、また前に書いたことと自家撞着するように見えることを平気で書いたりしている場合がずいぶん多いことであろうと思われる。読者のうちにはそういうことに気がついている人は多いであろうが、わざわざ著者に手紙をよこしたりあるいは人伝てに注意をしてくれる人は存外きわめて稀である。
つい先達て「歯」のことを書いた中に「硬口蓋」のことを思い違えて「軟口蓋」としてあったのを手紙で注意してくれた人があったが、こういうのは最も有難い読者である。