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TORENDIA

いてふの実

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

冷え切った明け方、旅立ちの時を迎えた一本の銀杏の木とその千人の実を描く。親木から離れる不安や互いへの気遣い、見知らぬ世界への期待を語り合う実たちは、北風が吹き抜ける中、母との別れを告げて次々と枝から飛び下りる。広大な空の下でそれぞれの冒険へ向かう子供たちの姿と、それを見送る母なる木の悲しみと輝きを、幻想的かつ温かな眼差しで写し出す。

宮沢賢治

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🎧 いてふの実 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼きをかけた鋼です。

そして星が一杯です。けれども東の空はもう優しい桔梗の花びらのやうにあやしい底光りをはじめました。

その明け方の空の下、ひるの鳥でも行かない高い所を鋭い霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南の方へ飛んで行きました。

実にその微かな音が丘の上の一本いてふの木に聞える位澄み切った明け方です。

いてふの実はみんな一度に目をさましました。そしてドキッとしたのです。今日こそはたしかに旅立ちの日でした。みんなも前からさう思ってゐましたし、昨日の夕方やって来た二羽の烏もさう云ひました。

「僕なんか落ちる途中で眼がまはらないだらうか。」一つの実が云ひました。

「よく目をつぶって行けばいゝさ。」も一つが答へました。

「さうだ。忘れてゐた。僕水筒に水をつめて置くんだった。」

「僕はね、水筒の外に薄荷水を用意したよ。少しやらうか。旅へ出てあんまり心持ちの悪い時は一寸飲むといゝっておっかさんが云ったぜ。」

「なぜおっかさんは僕へは呉れないんだらう。」

「だから、僕あげるよ。お母さんを悪く思っちゃすまないよ。」

さうです。この銀杏の木はお母さんでした。

今年は千人の黄金色の子供が生れたのです。

そして今日こそ子供らがみんな一緒に旅に発つのです。お母さんはそれをあんまり悲しんで扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落してしまひました。

「ね、あたしどんな所へ行くのかしら。」一人のいてふの女の子が空を見あげて呟やくやうに云ひました。

「あたしだってわからないわ、どこへも行きたくないわね。」も一人が云ひました。

「あたしどんなめにあってもいゝからお母さんの所に居たいわ。」

「だっていけないんですって。風が毎日さう云ったわ。」

「いやだわね。」

「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまふんでせう。」

「えゝ、さうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」

「あたしもよ。今までいろいろわが儘ばっかし云って許して下さいね。」

「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。許して頂戴。」

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