水野仙子氏の作品について
本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
有島武郎は、逝去した作家・水野仙子の遺作に触れ、その芸術的誠実さと成長を論じる。自身の生活を題材とした自然主義的な初期作品から、自己批判と深い人間洞察に裏打ちされた成熟期の作品へと、その筆致は着実に深化した。病苦と闘いながらも芸術への真摯な姿勢を崩さず、冷静な観察眼の中に新鮮な生命の声を宿らせた彼女の執筆活動は、惜しまれるべき美しい軌跡として本書に刻まれている。
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仙子氏とはとう/\相見る機會が來ない中に永い別れとなつた。手紙のやりとりが始つたのも、さう久しい前からのことではない。またその作品にも――創作を始めて以來、殊に讀書に懶くなつた私は――殆んど接したことがないといつていゝ位で過して來た。そのうちに仙子氏は死んでしまつた。その死後私は遺作の數々を讀まして貰つて、生前會つておくべき人に會はずにしまつたといふ憾みを覺えることが深い。
仙子氏は、作者として、普通いふ意味で不幸だつた人の一人に屬すると思はれる。彼女の作品は恐らく少數な讀者によつてのみ鑑賞された。評壇もその作品に注意することが極めて吝かであつたらしい。然し仙子氏はそんな取扱ひを受くべき人ではなかつたと私は思はざるを得ない。
仙子氏の藝術的生活には凡そ三つの内容があつたやうに思はれる。第一に於て、彼女は自分の實生活を核心にして、その周圍を實着に――年若き女性の殉情的傾向なしにではなく――描寫した。而してそこには當時文壇の主潮であつた自然主義の示唆が裕かに窺はれる。第二に於て、作者は成るべく自己の生活をバツク・グラウンドに追ひやつて、世相を輕い熱度を以て取扱つて、そこに作家の哲學をほのめかさうとしたやうに見える。第三に至つて作者は再び嚴密に自己に立還つて來た。而して正しい客觀的視角を用ゐて、自己を通しての人の心の働きを的確に表現しようと試みてゐる。