華嚴瀧
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あらすじ(AIが作成しました)
昭和二年七月、上野を出発した語り手は、安成子と共に華厳の滝へ向かう。移動中の車内では古今の八景論を交わし、日光駅到着後は自動車で山を登る。深い霧に包まれた華厳の滝で原始的な自然の幽趣を味わった後、中禅寺湖畔の遊覧や勝道上人の史跡見学を経て、塩原へと旅を続ける。塩原では、清涼感あふれる渓谷美や成長した土地の様子に感銘を受けつつ、各地を巡り三泊の行程を終える。本作は、各地の景勝とそこにある樹木の価値、そして旅の道中を綴る。
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一
昭和二年七月の九日、午後一時過ぐるころ安成子の來車を受け、かねての約に從つて同乘して上野停車場へと向つた。日本八景の一と定められた華嚴の瀑布及びその附近景勝遊覽のためであつた。
二時五分の日光直行の汽車はわれ等二人を乘せてはしり出した。車窓の眺めは例によつて例の如しであるから退屈の餘りの時間を雜談に消すほかはなかつたが、安成子は職分に忠實なので、しきりに八景論を提出して老人の談話を引出さうとつとめる。景勝などといふものは論談の對象にするには聊か宜し過ぎるものであつて、山にしろ、水にしろ、たゞこれに打ち對つて怡然として神喜び心樂めばそれで宜いので、甲地乙地の比較をしたり上下をしたりするのは第二第三の餘計な事で、眞にいはゆる蛇足を畫くものであるから、ナアニ八景は勿論好いサ、二十五勝もまた勿論好いサ、百景の中へ入れられた地にも中々好いところが有るのサ位に片づけてしまつても、それでは先生承知しない、風景論の投繩を頻に投げ掛けて、野馬的に勝手氣隨に奔逸したがる老人の意馬の頭を主要問題の方に向はせようとする。とう/\八景の談に引張りこまれてしまつた。