本文へ移動
TORENDIA

氷島

本文約7,700字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

北海の極地を漂う氷山のような孤独な生活を送る著者が、自身の悲しみや怒り、絶望を素朴な情熱で綴った詩集である。永遠の漂泊者として安らぐ家郷を持たない著者が、生活の荒廃や自身の内面に渦巻く感情を赤裸々に描く。収録された詩篇は、故郷上州の風景を心に描きつつ、朗吟されることを前提とした歌うための詩として構成されている。本書は著者の実生活の記録であり、切実な心の日記であると位置づけられ、漂泊する魂の叫びを静かに、そして力強く表現している。

萩原朔太郎

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 9

自序

近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術としての詩が、すべての歴史的發展の最後に於て、究極するところのイデアは、所詮ポエヂイの最も單純なる原質的實體、即ち詩的情熱の素朴純粹なる詠嘆に存するのである。(この意味に於て、著者は日本の和歌や俳句を、近代詩のイデアする未來的形態だと考へて居る。)

かうした理窟はとにかく、この詩集に收めた少數の詩は、すくなくとも著者にとつては、純粹にパツショネートな詠嘆詩であり、詩的情熱の最も純一の興奮だけを、素朴直截に表出した。換言すれば著者は、すべての藝術的意圖と藝術的野心を廢棄し、單に「心のまま」に、自然の感動に任せて書いたのである。したがつて著者は、決して自ら、この詩集の價値を世に問はうと思つて居ない。この詩集の正しい批判は、おそらく藝術品であるよりも、著者の實生活の記録であり、切實に書かれた心の日記であるのだらう。

著者の過去の生活は、北海の極地を漂ひ流れる、侘しい氷山の生活だつた。その氷山の嶋嶋から、幻像のやうなオーロラを見て、著者はあこがれ、惱み、悦び、悲しみ、且つ自ら怒りつつ、空しく潮流のままに漂泊して來た。著者は「永遠の漂泊者」であり、何所に宿るべき家郷も持たない。著者の心の上には、常に極地の侘しい曇天があり、魂を切り裂く氷島の風が鳴り叫んで居る。さうした痛ましい人生と、その實生活の日記とを、著者はすべて此等の詩篇に書いたのである。讀者よろしく、卷尾の小解と參照して讀まれたい。

萩原朔太郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本