山の湯雑記
本文約5,400字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
折口信夫による本書は、白布高湯をはじめとする山間の温泉地での滞在記を綴る。五月の雪解けから夏の盛りに至るまでの旅路を辿り、各地の湯治場の情景やそこで食した山菜、土地の習俗を回想する。また、東北の温泉巡りを通じて出会った風景や人々、道中で感じた情緒を歌とともに描き出し、旅先の静寂や山の営みを丹念に記録する随筆である。
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山の※[#「虫+羸」、166-1]の巣より出で入 道の上 立ちどまりつつる ひそかなりけり
前に来たのは、ことしの五月廿日、板谷を越えて米沢へ出ると、町は桜の花盛りであった。それほど雪解けの遅れた年である。高湯へ行きたいのだと雇いかけて見ても、どの家でも、自動車を出そうとは言わない。もう半月もせなければ、船阪峠から向うが開きますまいなどと、皆平気でとり合おうともしない。そのうち一軒、警察電話で、白布の宿へ問うて見ようと言う家が出来た。
二三个処、道へ雪のおし出して居る所はあるが、大体は谷へ落してしまったから、大丈夫這入って来られるだろうとの返事があった。それでやっと、すこっぷを積みこんで、上にがっしりした男が助手に乗りこんで、山へ入り込んだ事であった。でも無事に、東屋と言うのに著いた。それからふた月、七月の七日に、またやって来た白布高湯は、もうすっかり夏になって居る。どの家のどの部屋もあらかた人が這入って居て、どんな時でも、縦横に通った廊下の、どこかに人の音がして居た。
居ついて十日にもなると、湯に入る度数もきまって来て、日に四度が、やっとと言うことになった。来た当座は、起きれば湯、飯がすんで湯、読み疲れたと言っては湯。こんな風にして、寝しなに這入る湯まで、日に幾度這入ったか知れない。冷える湯のせいで、あまり湯疲れを感じなかったからだろう。
一時が廻ると、西側の縁から日がさしこんで来る。山の日は暑いけれど、ほとりを伴うて居ないから、じっとして居れば、居られない程ではない。が、三時半にかっきりと、前山の外輪にそれが隠れて、直射は来なくなる。それまではきっと出あるく事にして居た。
古くから聞えて居る最上の高湯と、山は隔てて居るが、岩代の国の信夫の高湯と、それに此白布と、五里ほどの間に、三つの高湯がある。峡間の湯でなくて、多少見晴しが利く位置にあるからの称えである。