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TORENDIA

老子化胡経

本文約7,000字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

西晋時代の道士王浮が偽作したとされる『老子化胡経』を軸に、中国における道教と仏教の長年にわたる激しい対立の歴史を論じる。本書は、老子が西域へ赴き釈迦を教化したという説を元に作られた偽経が、いかに両教の論争を過熱させ、朝廷による禁断や焼却の対象となったかという変遷を辿る。当時の文献や敦煌出土の断片を紐解きながら、国家の宗教政策や国粋主義とも絡み合った両教の抗争史を明らかにする。

桑原隲藏

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🎧 老子化胡経 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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一

如何なる宗教でも、他の國民の間に傳播して行く際には、その國民の有して居つた舊信仰と衝突するものである。佛教も支那に東漸してから、支那人固有の道教儒教と衝突した。殊に道教とは尤も長く尤も激しく衝突した。

佛教の支那に將來されたのは、普通に東漢の明帝の永平十年(西暦六七)の頃と認められ、『漢法本内傳』(唐の智昇の『續集古今佛道論衡』引く所による)によると、その後ち間もなく永平の十四年に、五嶽の同士等佛教の弘布を憤り、道士の重なる者六百九十人上表して佛僧と術を角せんことを願ひ出た。その結果勅命で國都洛陽の西郊の白馬寺の南門外に壇を築き、壇上に道經を積み火を放つた所が、道士等の祕術を盡したにも拘らず、道經は悉く焚け盡し、術に破れたる道士等は悉く出家して佛門に歸したと記載してある。これが道佛二教衝突の發端といふことで、あらゆる佛教の歴史に引用されて居る。又河南の白馬寺へ往くと、白馬寺の六景と稱するものがあつて、その第二を焚經臺といひ、即ち漢代に道經を焚いた舊蹟と傳へてゐる。吾が輩の河南旅行の際は、前程を急ぎしこととて、所謂焚經臺を親覩せなんだが、勿論後世の附會で信憑するに足らぬ。『漢法本内傳』といふ書は、南北時代から存在はするが、對道教的のもので、餘り信用することが出來ぬ。當時の事情からいうても、新來々の佛教に弘布の餘裕なく、從つて五嶽の道士と衝突する筈もない。第一その當時已に所謂道士なるものが存在したかが疑問である。要するに東漢の永平年間に於ける道佛二教の衝突は、到底事實として認めることが出來ぬ。

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