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TORENDIA

雛祭りの話

本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

雛祭りの起源や淡島神への信仰、さらに大宮之祭りで祀られた男女の人形であるひゝなとの関わりを論じる。海に穢れを流す風習と人形を結びつける従来の説を再考し、民間で行われていた男女一対の偶神を祀る祭祀や、奥州の養蚕の神であるおしら様との音韻的、形式的な類似性を指摘しながら、雛祭りの成立過程における信仰の変容と重層的な歴史を探る。

折口信夫

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🎧 雛祭りの話 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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一 淡島様

黙阿弥の脚本の「松竹梅湯島掛額」は八百屋お七をしくんだものであるが、其お七の言葉に、内裏びなを羨んで、男を住吉様女を淡島様といふ条りが出てくる。お雛様を祭る婦人方にも、存外、淡島様とお雛様との関係を、知らぬ人が多いことゝ思ふ。

古くは願人といふ乞食房主があつて、諸国を廻りめぐつて、婦人たちに淡島様の信仰を授けまはつたのである。そして、婦人たちからは、衣類を淡島様に奉納させたのであつた。

其由緒はかうである。昔住吉明神の后にあはしまといふお方があつて、其が白血・長血の病気におなりになつた。それで住吉明神が其をお嫌ひになり、住吉の社の門扉にのせて、海に流したのである。かうして、其板船は紀州の加太の淡島に漂ひついた。其を里人が祀つたのが、加太の淡島明神だといふのである。此方は、自分が婦人病から不為合せな目を見られたので、不運な人々の為に悲願を立てられ、婦人の病気は此神に願をかければよい、といふ事になつてゐるのである。処々に、淡島の本山らしいものが残つてゐるが、加太の方がもとであらうと思ふ。

東京の近くで物色すると、三浦半島の淡島があり、中国では出雲の粟島、九州に入ると平戸の粟島などが有名である。凡そ、祭神は、すくなひこなの命といふ事になつてゐる。特に、出雲のは、此すくなひこなが粟幹に弾かれて渡られたのだ、といふのである。すくなひこなは其程小さい神様なのである。国学者の中でも、粟島即、すくなひこな説を離さぬ人がある。

処が古事記・日本紀などを覗いた方には、直ぐ判ることだが、すくなひこなの命以外にちやんと淡島神があつて、あの住吉明神の后同様に、海に流されてゐるのである。即、天照大神などを始め、とてつもない程沢山の神々の親神であるいざなぎのみこと・いざなみのみことの最初にお生みになつたのが、此淡島神で、次が有名な蛭子神であつた。

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