古代人の思考の基礎
本文約28,300字 ・ 読了時間 約57分
あらすじ(AIが作成しました)
天皇を頂点とする尊貴族の信仰が日本の神道の基礎であると論じる。皇族中心の宮廷生活様式が、舎人や采女を通じて地方へ伝播し、御歌会などの儀式として定着した過程を解明する。また、古来より伝わる魂の信仰や霊的な観念を紐解き、民間伝承の中に残された純粋な古代精神を民俗学の視点から再評価する。日本人の国民性の根源にある古代の論理を、祖先の生活を研究することで明らかにしようとする試みである。
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一 尊貴族と神道との関係
尊貴族には、おほきみと仮名を振りたい。実は、おほきみとすると、少し問題になるので、尊貴族の文字を用ゐた。こゝでは、日本で一番高い位置の方、及び、其御一族即、皇族全体を、おほきみと言うたのである。この話では、その尊貴族の生活が、神道の基礎になつてゐる、といふ事になると思ふ。私は、民間で神道と称してゐるものも、実は尊貴族の信仰の、一般に及んだものだと考へる。
平安朝頃までは、天皇の御一族のことを王氏と言ひ、其に対して、皇族以下の家を、他氏と言うてゐた。奈良朝から、王氏・他氏の対立が著しくなつた。正しい意味における后は、元、他氏の出であつて、其上に、一段尊い王氏の皇后があつたことの回顧が、必要である。
尊貴族と、同じ様な生活をしてゐた、国々或は村々に於ても、其と、大同小異の信仰が、行はれてゐた。又その間、かなり違つた信仰もあつたであらうが、其等は、事大主義から、おのづから、尊貴族の信仰に従うて来た。中には、意識して変へた事実もある。其は、近江・飛鳥・藤原の時代を通じて見られる。かの大化改新の根本精神は、実は宗教改革であつて、地方の信仰を、尊貴族の信仰に統一しよう、とした所にあつた。奈良朝から平安朝にかけては、王族中心の時代になりかゝつてゐたが、此頃になると、もう王氏を脇に見て、他氏が、勢力を得て来てゐる。それで尊貴族は、竟に表面に現れないで、他氏が力を振ふやうになつた。
話を単純にする為に、例をあげると、毎年正月十五日頃行はれる御歌会始めは、今では、神聖なといふより、尊い文学行事になつてゐるが、平安朝末頃の記録を見ると、固定して来てはゐるが、まだ神聖な宗教的儀式であつた。其習慣は、平安朝を溯つて、奈良朝より、更に以前から、あつたものと思はれる。