狼疾記
本文約23,400字 ・ 読了時間 約47分
あらすじ(AIが作成しました)
映画館で南洋の風俗を眺めていた三造は、自身の存在の必然性に対する根源的な不安を抱く。日常に潜む偶然的な仮象に苛立ち、自己の生き方に葛藤する彼は、虚栄心と臆病な自尊心の狭間で苦悩する。その後、酒に酔いながら夜の街を歩く三造は、自らへ厳しい叱責を投げかける自己分裂的な内省を繰り返しながら、真珠の並ぶ店先へたどり着く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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養其一指、而失其肩背、而不知也、則為狼疾人也。
――孟子――
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一
スクリインの上では南洋土人の生活の実写がうつされていた。眼の細い・唇の厚い・鼻のつぶれた土人の女たちが、腰にちょっと布片を捲いただけで、乳房をぶらぶらさせながら、前に置いた皿のようなものの中から、何か頻りにつまんで喰べている。米の飯らしい。丸裸の男の児が駈けて来る。彼も急いでその米をつまんで口に入れる。口一杯頬張りながら眩しそうに此方へ向けた顔には、眼の上と口の周囲とに膿み爛れた腫物が出来ている。男の児はまた向うをむいて喰べ始める。
それが消えて、祭か何かの賑かな場面に代る。どんどんどんどんと太鼓の音が遠くなり近くなりして聞える。対い合った男女の列が一斉に尻を振りながら、それに合わせて動き出す。砂地に照りつける熱帯の陽の強さは、画面の光の白さで、それとはっきり想像される。太鼓が響く。乱暴な男声の合唱がそれに交って聞えて来る。尻が揺れ、腰に纏った布片がざわざわと揺れる。踊から少し離れた老人たちの中心に、酋長らしい男が胡坐をかいている。痩せた・顴骨の出た老人で、頸に珠数のような飾を幾つも着けている。撮影されていることを意識してか、妙に落着の無い・蕃地での自信をすっかりなくしてしまったような眼付をして、踊を眺めている。時々思い出したように乱暴な飛躍と喚声と太鼓の強打とを伴うほか、いつまで経っても同じような単調な踊を、しょぼしょぼした目でじっと見詰めている。
見ている中に、三造は、久しく忘れていた或る奇妙な不安が、いつの間にかまた彼の中に忍び込んで来ているのを感じた。