非論理的性格の悲哀
本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
内気で善良な一面と、反抗的で高慢な一面を併せ持つ「S」という人物の半生を通じ、論理的矛盾を抱える人間の性格的悲劇を綴る。幼少期の学校生活から常に周囲と調和できず孤立し、成長後も高踏的な精神と野性的な気質、哲人的思想と俗物的感性など、相容れない二極が同居する矛盾に絶えず苦しめられる。著者は自らの芸術活動における個性がこの非論理的な内面に由来することを明かし、自己の矛盾に満ちた生と永遠の孤独を告白する。
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白でないものは黒である。もし白でも黒でもないものは、中間の灰色でなければならない。これが論理の原則であり、我々の推理の方式は、いつでもこの前提の上に組みたてられる。
しかしながら多くの事實は、いつも人間の推理を裏切つてゐる。具體的なるすべての事實は、決して論理的であり得ない。特に我々の人格ほど、非論理的なものはないであらう。人格の實相は、實に矛盾そのものである。たとへばドストイエフスキイの著るしい特色は、變質者に特有なる非倫的・惡魔主義的の性向である。然るに彼の一面は、聖僧のやうに高潔で、處女のやうに純眞なる人道的な特質を有してゐる。故にこの一の人格は、惡でなく善でなく、白でもなく黒でもない。しからば善惡の中間たる、あいまいな灰色人物であるだらうか? 否、ドストイエフスキイの人格は、神と惡魔の著るしい對立から成立してゐる。そこには北極と南極とがある。そして兩極の調和たるべき、温帶地方といふものが全くない。即ち彼の人格は、白にして同時に黒、黒にして同時に白である。神と惡魔とは、いつも一の氣質の中に、或るふしぎな樣式で入り込みながら生棲してゐる。兩者は決して調和をせず、また妥協をもしてゐない。彼は白でなく黒でなく、また灰色の人物でもない。
同樣なる非論理的事實が、トルストイやニイチエや、その他の多くの藝術的天才に就いて觀察される。實に藝術家の本質的性格は、論理的矛盾の標本である。しかして偉大なる作家の性格ほど、より著るしい矛盾の對照を示してゐる。――げにあらゆる藝術的なものは、非論理的である。――やや平凡な作家と雖も、藝術家的氣質を有する限りには、多少の非論理性をもたないものはないであらう。ただ反省的の偏質をもたない限り、人は自ら自己の矛盾に氣がつかない。しかしてそれに氣のつくとき、人は決して幸福であり得ない。何となれば吾人の意志が、人格の合理的完成を欲して止まないから。トルストイの晩年に於ける悲壯な生活など、その著るしい例であらう。