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TORENDIA

貝殻追放

本文約11,000字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

著者と十年以上の親交がある久保田万太郎の人物像と文学的変遷を振り返る評論。若き日、同人誌設立の相談会で周囲を圧倒した頼もしい姿から、一時期の浮ついた生活や無責任な振る舞いへの変化を語る。しかし、それらの雑音を跳ね返すかのような傑作『末枯』に触れ、作家としての比類なき力量を再評価する。私生活で結婚し、新婚の久保田と対面した著者は、その芸術的境地と人生の変容に対し、心からの祝福と感服を捧げる。

水上瀧太郎

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久保田万太郎君と自分とのおつきあひも既に十年になつた。久保田君が「朝顏」を書き、自分が「山の手の子」を書いた頃から知己になつたのだ。

あれは「三田文學」創刊の年の秋だつたと思ふ。その頃三田の山の上にかたまつて居た連中が、同人雜誌を出す計畫をした。誰一人作品を發表した事の無い處女性から、「三田文學」といふやうな立派な雜誌を舞臺にする事は思ひもよらなかつたので、先づ手習に同人雜誌を出さうといふのが主意だつた。自分も好奇心に驅られて相談會に出席した。場所は田町の鹽湯の二階だつたと記憶して居るが、どんな家だつたか、はつきり目に浮べる事は出來なくなつた。十數人集つた仲間の半分以上は、自分の知らない顏だつた。てんでんにいろんな希望を述べあつたが、結局は資金の問題だつた。會費制度だと聞いて居た「白樺」の噂が頻に出たやうに覺えて居る。月々一人がいくらいくらの會費を出せば維持して行かれる、いやそれでは足りない、そんなには出せない、といふやうな事を長い間言ひ合つた。雜誌さへ出せば、直ぐにも文壇の一角に勢力を張れるやうな口をきく者も、計算の事に及ぶと口をつぐまなければならなかつた。みんなが書生つぽだつたのだ。

その中でたつた一人、際立つて世馴れた口をきく人が居た。それ迄に、一度も顏を見た事の無い人だつた。金釦の制服を着て、人々の後の方にひかへめにして居るのが、まるで新入生のやうだつた。その人は一册の雜誌を出すには、どの位費用がかかるとか、どの位の部數で、どの位賣れ殘るものだとか、會費制度ならば、どの位なければ足りないとかいふやうな事を、事細かに述べた。大ざつぱな書生ばかりの中に、たつた一人のその人は、怖ろしく頼母しい人に見えた。唯單に雜誌出版の話をした丈だつたけれど、聞いて居る自分は、此の人は世の中の事はなんでも知り盡して居る人だといふやうな氣がして、感服してしまつた。それが久保田君だつた。

「あれは誰だい。」

「久保田つてね、豫科の生徒で、俳句かなんかやる男だとさ。」

といふやうな問答を、隣席の友だちとささやきかはした事を覺えて居る。

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