TRENDIA CLASSIC

『かげろふの日記』解説

折口信夫

1 / 7

堀君 一

唐松の遅き芽ぶきの上を

夏時雨 はるかに過ぎて――

黄にけぶる 山の入り日

堀君 二

冬いまだ 寝雪いたらず

しづかに澄む 水音。

君ねむる。五分 十分――。

ほのかなる けはひののちに、

おのづから をひらく。

日のあたる明り障子

たゞ白じろと ひろがり

見し夢の かそかなる思ひに つゞく

堀君 三

みつまたの花咲く日

山原を 行きしかな。

山の戸をあけたる娘の

家こそは 小かりしか

もの言はぬ娘の

黒瞳の 冴え/″\と小かりしか

みつまたの花咲く道をくだり

うつ/\と 若きはたちを歎きたりけむ

堀君 四

村の子を 友として

遊べとぞ 君を思ふ。

さ夜ふけて、枕べに

ほの/″\と 清きくれなゐ――。

げん/\の花茎を

見出でなどして――

君が心 いよ/\たのしくならむ。

村の子を 友として遊ばねど、

たゞ清き生きものなる

村の子は、君が心を知りて

瞻るらむ。君が門を――

君がゐる のあかりを――

山居

山深き小鳥の声は、

しづかなり――。あまりしづけく

真昼間は 心とよみて、

起きがたく ひとりあらむ

私はまづ、堀君に感謝したい。

「愛する」では言ひ足らぬ――、魂の一部分が、そこに預けてあるやうな、親しい大和――其から山城の野山・村々、其よりも更にそこに佇み、立ち走り、蹲つてゐる姥や娘、又は若者たちに、優しい一瞥――ばかりでなく、思ひあまつて、いつまでも彼等の心に残るやうな、静かな声をかけて通り過ぎて行つた旅人――堀辰雄に、「ありがたうよ」と言ひかけずに居られない気がする。

堀君の旅は、あり来りのたゞの道を通つて行つてるとしか見えない。其でゐて、我々の思ひもかけぬ道の辻や、岡の高みや、川の曲り角などから、極度に静かな風景や、人の起ち居を眺めて還る。

さう言ふことが、この人の見た日本の過去の文学の上にもあつて、「堀君」「堀君」と沢山さうに、友だち扱ひにしてゐるのが、すまない気持ちになることが、始終ある。

堀君ばかりは、健康が順調になつても、やつぱり今のやうな生活をしてゐるに違ひない。さう思ふ程、ちつとも易へやうのない生活をして来た人である。

折口信夫の他の作品