『かげろふの日記』解説
本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
堀辰雄が自身の著作において、王朝文学の深い読解と独自の視点をどのように展開しているかを折口信夫が考察する評論である。信濃の山野や大和の地を巡る旅で得た感覚を通して、古典文学の背後にある静かな幸福や鎮魂的な心境を捉え直す手法を分析する。特に平安時代の女性たちの生活や日記文学に対する作者の感性豊かな触れ方を紐解き、堀が詩人としての感性と学識を融合させて文学の新しい解釈を提示している点を論じる。
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堀君 一
唐松の遅き芽ぶきの上を
夏時雨 はるかに過ぎて――
黄にけぶる 山の入り日
堀君 二
冬いまだ 寝雪いたらず
しづかに澄む 水音。
君ねむる。五分 十分――。
ほのかなる けはひののちに、
おのづから をひらく。
日のあたる明り障子
たゞ白じろと ひろがり
見し夢の かそかなる思ひに つゞく
堀君 三
みつまたの花咲く日
山原を 行きしかな。
山の戸をあけたる娘の
家こそは 小かりしか
もの言はぬ娘の
黒瞳の 冴え/″\と小かりしか
みつまたの花咲く道をくだり
うつ/\と 若きはたちを歎きたりけむ
堀君 四
村の子を 友として
遊べとぞ 君を思ふ。
さ夜ふけて、枕べに
ほの/″\と 清きくれなゐ――。
げん/\の花茎を
見出でなどして――
君が心 いよ/\たのしくならむ。
村の子を 友として遊ばねど、
たゞ清き生きものなる
村の子は、君が心を知りて
瞻るらむ。君が門を――
君がゐる のあかりを――
山居
山深き小鳥の声は、
しづかなり――。あまりしづけく
真昼間は 心とよみて、
起きがたく ひとりあらむ
私はまづ、堀君に感謝したい。
「愛する」では言ひ足らぬ――、魂の一部分が、そこに預けてあるやうな、親しい大和――其から山城の野山・村々、其よりも更にそこに佇み、立ち走り、蹲つてゐる姥や娘、又は若者たちに、優しい一瞥――ばかりでなく、思ひあまつて、いつまでも彼等の心に残るやうな、静かな声をかけて通り過ぎて行つた旅人――堀辰雄に、「ありがたうよ」と言ひかけずに居られない気がする。
堀君の旅は、あり来りのたゞの道を通つて行つてるとしか見えない。其でゐて、我々の思ひもかけぬ道の辻や、岡の高みや、川の曲り角などから、極度に静かな風景や、人の起ち居を眺めて還る。
さう言ふことが、この人の見た日本の過去の文学の上にもあつて、「堀君」「堀君」と沢山さうに、友だち扱ひにしてゐるのが、すまない気持ちになることが、始終ある。
堀君ばかりは、健康が順調になつても、やつぱり今のやうな生活をしてゐるに違ひない。さう思ふ程、ちつとも易へやうのない生活をして来た人である。