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TORENDIA

群集

本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

大正七年八月十六日の夜、神保町から須田町にかけて、米価騰貴による社会的不安を背景に市民が街路に集う。万世橋周辺では武装した兵士や巡査が群衆を排除しようと動き、騎馬による威圧や強制的な通行規制が行われる。街には緊迫した空気が漂い、市民と警察・軍隊の間で小競り合いが発生する。深夜、広小路に至るまで沈黙を保ちながらも苛立ちを隠せない群衆の姿を描き、不気味な静寂と混沌に包まれた街の光景を綴る。

豊島与志雄

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🎧 群集 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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大正七年八月十六日夜――

私は神保町から須田町の方へ歩いて行った。両側の商店はもう殆んど凡てが戸を締めていた。大きな硝子戸や硝子窓の前には蓆を垂らしてる家が多かった、間には板を縦横に打ちつけてる家もあった。街路が妙に薄暗かった。黙々とした人影が皆須田町の方へ流れていた。「今夜は須田町から小川町をぬけて神保町の方へ来るそうだ、」と誰が云ったとも分らない言葉が私の耳に響いた。電車がぬるい速力で走っていた。

然し街路は静まり返っていた。一向「来そう」に思えなかった。

須田町の四辻には黒山のような群集が屯していた。僅かに電車の通れるだけの空地を残して、黙った人影が街路に溢れていた。その上、電車の数も非常に少なかった。

広瀬中佐の銅像を弧の頂点とした曲線で劃して、万世橋停車場の前には、広い空地が開けられていた。停車場の前には四十人許りの武装した兵士が並んでいた。皆陰鬱な顔をして、身動きもせず言葉をも発しなかった。それは軍隊の規律上当然ではあるが、この場合如何にも陰惨に見えた。空地を劃する曲線の所に、巡査が四、五人歩き廻っていて、寄って来ようとする群集を逐払っていた。それでも時々停車場を出入する者が、足早に空地を通りぬけていた。大胆に平気で歩を運ぶ者はこの場合善良な市民となるのであった。

私は平気でゆっくりと(多少故意に)その広場の中に歩み入った。誰も何とも云わなかった。兵士等の方へ一瞥を与えて、私は停車場の中にはいった。四、五人の乗客が居るきりでがらんとしていた。片隅には兵卒の背嚢や水筒などが地面にじかに並べてあった、規則正しく並べてあった。駅長室の前まで来ると、その扉に中隊長室と書いた紙片が貼りつけてあった。半ば開いた扉の隙から覗き込むと、長い口髯のある将校が椅子に腰をかけて、卓子の上に拡げた紙面をしきりに見ていた。平然たる横顔をしていた。

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