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TORENDIA

夢の図

本文約7,100字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

木村は自身の脳内に広がる思考や酩酊時の空虚な時間、多種多様な意識の捕捉と喪失について考察する。これらを整理するため、彼は雑草に覆われた空地に石や池、亀や蝦蟇などを配置した特異な庭を作り上げる。そこで自然の動植物を指導統制し、夢想にふける木村は、年若い女の幻影や病から回復する子供の姿を重ねる。夢と現実が交錯する庭を通じ、彼は自身の喪失や生の営みを深く見つめ、夢に生きることも現実を生きることであると思索を巡らせる。

豊島与志雄

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🎧 夢の図 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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木村は云う――。

物を考え、考えあぐんで、椅子に身を託し、或は畳の上に身をなげだして、なお考え続けながら、いつしかうつらうつら仮睡する者は、如何に多くのものを喪失していることでしょう。その頭の中には、思念の断片、さまざまな心象が、とびとびに明滅しています。仮睡者はそれらを意識するが、捕捉することは出来ません。意識しただけで、取逃してしまうのです。はっきり眼をさまし、立上る時には、頭の中に残ってるものは殆んどなく、ただ空莫としています。

喪失されたそれらの、思念の断片、さまざまな心象は、積極的な能動性を持っています。それらが現実にぶっつかって散らす火花は、やがて、現実そのものの奥底をも照らし、現実そのものをも変貌させます。この火花に抵抗し得る壁は存在しません。

四方無壁のこの境地に、人は安住し得ないのでしょうか。安住し得るのは、思考し続ける仮睡者のみでしょうか。――思考し続ける仮睡者が喪失するところのものを、日常の意識のうちに回復し維持したいものです。

また、木村は云う――。

甚しい酩酊者は、全く意識がなくなることがあります。或る情景までははっきり自覚しているが、そこで一線を劃して、それから先は全然の空虚となります。而もその空虚な時間のあいだ、普通の行動をして、大して取乱すこともない……らしいのです。「らしい」というのは、他人の云うところであって、酩酊者自身にとっては、無自覚な機械的な動きがあるのみで、そういう人造人間的な動きは、あってもないに等しいのです。

かかる空虚は、単に記憶の喪失から来るのでしょうか。否、彼自身にとっては、それは別個の問題なのです。

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