淪落の青春
本文約17,600字 ・ 読了時間 約36分
あらすじ(AIが作成しました)
復員した石塚貞吉は、戦争で一変した故郷の山村へ戻る。そこでは、戦地経験を持つ若者たちが都会の風俗を模倣し、夜な夜な狂騒的なダンスパーティに興じていた。かつて関係を持った元女中のお園との再会や、奔放な性格の娘ツネ子との出会いを通じ、貞吉は浦島のような感覚の中で、かつての自身の青春や戦争がもたらした変容を静かに見つめ、自身の内にある土着的な郷愁を確かめようとする。
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石塚貞吉が兵隊から帰ってきたころは、日本はまったく変っていた。彼の兵隊生活は捕虜時代も数えて八年にわたり、ソ満国境から北支、南支、仏印、フィリッピン、ビルマ、戦争らしい戦争はビルマだけ、こゝではひどい敗戦で逃げまわっているうちに終戦、捕虜になった。彼が故国へ帰ってきたのは、終戦後一年半も後のことで、おぼろげながら故国の様子も伝わっており、別に感動もなく引揚船から日本本土へ、東京を廻って、故郷の山国へ帰ってきた。
実際彼がふるさとへ帰ってきて、先ず戦争はどうだった、そう質問を受けて答えた言葉は、腹がへった、ということだけで、まったく外に感想がない状態だった。
生き残った僅かばかりの同僚の中にも、祖国の土をふんで感奮する者もあり、再び見る祖国を涙の目で望んで、拾ってきた命だから、これからは新しい日本の捨石になって小さな理想の実現に命を打ちこむのだ、などゝ亢奮している男もないではなかった。女房子供と小さく安穏に暮すだけでたくさんだ、たゞ腹いっぱい食べたい、というのもあるし、約束した娘はどうしたやら、もうお婆さんになっているだろうな、と憂い顔なのもいた。まったく浦島のようなものだ。
人々は何がなし故国に期待はあるのである。そういうなかで、貞吉だけは、まったく期待がないようなものだった。彼はビルマに少しばかり仲良くなりかけた娘がいて、前線へ出動してのち別れたまゝになっているが、いっそあの土地であの娘と土人の生活が許されるならオレはむしろそれを選ぶ、別に特別の愛着があるでもないが、そんなことを収容所にいて思いめぐらしていた。
彼の生家は田舎の旧家で、兄が三人おり、下には母の違う妹が一人居る。貞吉の実母が死んで、新しくきた人は、四人の男兄弟のうち貞吉だけを可愛がった。三人の兄たちはすでに物心ついた年齢だから自然うちとけにくいところがあり、したがって、そのとき、まだ三つの貞吉だけがママ母になついたからであろうが、そういうわけで長じてからは三人の兄から何かにつけて除け者にされ、中学生のとき、父もママ母も死んでからは、彼にとっては面白くもない家だった。