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TORENDIA

朴水の婚礼

本文約11,200字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

火星人と渾名される表現下手な本屋の店主・朝巻信助と、その妻、友人の詩人・芥中介らが織りなす騒動を描く。画家・朴水の婚礼に際し、信助は応援を頼まれるが、店は荒れ、酒に執着する文士の保坂三平や小僧らを巻き込み、奇妙な対立と酩酊が混沌と渦巻く。婚礼の場を舞台に、奇矯な言動を繰り返す彼らの滑稽で凄惨な人間模様と、不穏な空気が漂う夜の騒乱を描き出す。

坂口安吾

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朝巻信助は火星人といふ渾名であつたが、それは頭デッカチで口が小さいといふ意味ながら、顔が似てゐるためではなく、内容的な意味であつた。彼は親友が死んだとき、泣いてゐる奥さんの前で「彼の死は悲しむべく然し、それは目出度いことである。さうでもないか。然し、とにかく――」かう言つて絶句してしまふのであるが、それはつまり彼が平常色々の考へごとをしてゐるからで、死といふことに就いてもかねて色々に考へてゐるから、単純に死は悲しいといふやうな表現ができない。生憎彼は非常に表現の下手な生れつきで、精神内容を表現しきれず、事あるたびに奇妙なことを口走る結果になつて、怒られたり笑はれたり蔑まれたりしてゐる。だから火星人といふのであるが、この渾名は好意的な解釈であるから、つまり彼は友達にだけは精神内容の豊富な点を認められてゐるのであつた。尤も彼の奥さんは猛烈なる信助ファンで、彼に表現の才能がめぐまれてゐるなら世界一の文豪になつたであらうと信じてをり、だから詩人の芥中介が口の悪い生れつきで臆面もなく「何だい、信助の頭は蛸の脳味噌と同じだよ。蛸が生ジッカ人間の本など読みやがるから、口をとんがらして飛んでもないことばかり口走りやがる」などゝ言ふから大変な喧嘩になる。

「なんだい、三文詩人」

「ヘヘイ、さればとよ」

中介は、女が相手でも子供が相手でも真剣に喧嘩をする性質であつたが、さればとよ、とか、さもあらばありけれ、などゝ不思議な咒文を発するときは、戦意昂揚の証拠なのである。

「ヘヘイ、満場の諸君。余がつとに研究蒐集中の奇怪なる動物を公開するに当りまして、本日は先づ一匹の怒れる蛸の妻君を――」

突然音がした。中介は上衣を脱いで御丁寧に壁にぶらさげ、おもむろに部屋を歩いて演説中のところであつたが、部屋の中央にひつくり返つてノビてゐた。信助夫人が摺子木棒をふりかぶつて、どこだか分らず振り下したのが、どこだか分らず命中したのである。這般の立廻りの実況に就ては、他に目撃者がゐなかつたから、これ以上のことは分らない。

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