我が人生観
本文約8,700字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
胃ケイレンの激痛に苦しむ著者が、強盗事件を起こした運転手の獄中手記を読み、その感想を綴る。若者特有の世代論の愚かさを指摘しつつ、犯人の犯行計画の無邪気さと、それに対処できなかった周囲の不可解さを論じる。さらに手記から読み取れる犯人の家庭環境や愛人との関係性、そして金銭と恋愛を巡る現代的な葛藤を分析し、現実社会における夢と人生の矛盾について考察を深める。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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この原稿を書こうという予定の日になって、久しく忘れていた胃ケイレンを起した。まだ夜の十一時半である。ダンスホールのバンドの音がきこえていた。
私の毎日は夕方の五時六時ごろから七時八時ごろまで、酒をのんで、すぐねむる。十一時半か十二時ぐらいに目がさめる。それから仕事にかかる習慣であった。
机に向うと胃が痛みだした。胃が冷えたせいらしいから、帯をグルグル胃にまいて、しばらく仰臥してみたが、痛みは激しくなる一方だ。たまりかねて売薬を買いに走らせた。
医師に診てもらってモヒでも注射してもらうとすぐ痛みがとまると思ったが、今は新聞小説を書いていて、一日一回ずつギリギリに送っているのである。モヒはよほど打たないと、私には利かない。利くと眠るけれども、目がさめると、一昼夜ぐらい吐き苦しまなければならない。吐き気があまりひどいので、いつも医師が呆れるのである。だから、万策つきた時でないと、モヒを打ってもらわないようにしているのである。
痛みはひどかった。七転八倒というほどではないが、エビなりに身をまげて、自然に唸ってしまう程度である。モヒを打ってもらうべき場合であったが、あいにく、新聞小説がある。注射で痛みをとめてもらうと、眠ってしまうし、目が覚めたあとでは吐き苦しんで、新聞小説が書けなくなる。仕方がないから、売薬で激痛を殺しながら、仕事をつづけた。これが、よくなかった。
朝方、新聞小説一回分書きあげると、胃の痛みは一応おさまったように見えるが、実は大爆発のあとの火山と同じようで、表面に噴煙は立たないが、火口の底に熔岩がプスプス紋状をえがいてガスをふいているのに似ている。まったく火山をだいでいるのと異ならない。薄氷をふむ思いである。身体の屈折によほど気をつけないと、いきなりグッと痛んできそうで、それ以上机に向っていられないから、新潮の原稿はカンベンしてもらうことにしようと、東京へ使いをやった。