我が人生観
本文約7,000字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
人間を愛するが交際を嫌う著者が、自らの人生観や世間との関わり方を語る。世論や天下の政治を語りたがる「文化人」や「批評家」を、生活を持たない傲慢な暇人と批判し、自らの言葉で地道に生きる市井人の価値を説く。また、文学における姿勢や、自身の役割、選者としての責任についても言及する。独自の美学と人間観を貫き、組織や徒党を離れて生きることの重要性を主張する随筆である。
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人間ぎらい、という人は、いないとみた方が本当だろう。私のことを人間ぎらいだと云ってる人がいるそうだが、大マチガイ。私は人間はたいへん好きだ。ただ、交際ぎらいで、もっとも気心の知れた人とはよく会うが、一面識もない訪客に会うのがキライなのである。
せんだって、ラジオの何とかの時間に、大学の先生のような人と落語家の問答があったそうで、私は聴いたわけではないが、それを別の大学の先生のような人が批評しているのを読んだのだ。だから、うろ覚えで、大学の先生の質問の方は、ちがっているかも知れない。
「戦後の世相をどう思いますか」
「たいそう、乗物がよくなりましたなア」
「日本の政治についてどうお考えですか」
「イヤア。どうも。ヘッヘッヘ」
こういう落語家のような奴がいるから将来の日本はまことに希望がもてないと云って、批評家の先生は大の御立腹であった。
私は、しかし、こんな質問をする先生も変だと思うし、批評家の先生に至っては、妙な人だと思うのだ。
私が訪問客に会わないのは、彼らが言いあわしたように、この大学の先生のような質問をしたり、イヤア、どうも、ヘッヘッヘ、と答えると腹を立てたりするような人たちだからである。
一面識もない人に政見をきいてみたって仕様がないと思うが、文化人というものは、一々それに返事をすべきものだときめてかかっている人たちだから、彼らは珍しいヒマ人だ。
落語の師匠だって、政治に対して自分の意見ぐらい持ってるにきまってるが、そんな大ゲサなことをきかれたって、一々、返事していられないのは当り前だ。
「イヤア。どうも。ヘッヘッヘ」
というのは、まことに、どうも、適切な返事で、大学の先生のモッタイぶったマヌケ顔がアリアリ見えるぐらいシンラツな批評をもなしている。
「たいそう、乗物がよくなりましたなア」
というのも、おもしろい。実感がありますよ。落語の師匠は自分の言葉を語っていらっしゃる。大学の先生は、ノートブックの切れッぱしのような、全然よその言葉でお談義あそばしてるだけだ。