我が人生観
本文約11,600字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
山中で生活した知人との交遊や、自身が登山で体験した死に損なった出来事などを通じ、人間の拙さや無智が引き起こす不可避的な悲劇を綴る。自然の前で無力な人間が善意で行ったことが、予期せぬ悪影響を及ぼす実態を描き、文明の不完全さや人生の切なさを説く。谷川岳の遭難事故を契機に、誰もが犯しうる過ちと、それに対する深い共感と憐れみの念を込めて、自らの人生観を静かに語る随筆である。
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谷川岳で、又、人が死んだ。いろいろ人の死のニュースの中では、一抹清涼で、平和な生活を感じさせてくれる。
人間同士でひきおこす出来事は、祝儀不祝儀に拘らず、どことなく陰鬱なものである。人間臭というものは、何につけても身につまされるところがあって、暗い陰をまぬかれることができないものだ。しかし、相手が自然となると、人間も神様みたいなものである。
私は登山らしい登山は殆どやっていないが、一度、山で死に損ったことがあった。しかし、話にならないのである。山というような山じゃない。里の人も名のつけようがないような、どこにでもゴロ/\している山で、おまけに、その麓、入口のようなところで死に損ったのである。
同郷の先輩で、伴という弁護士をしている人が、若いころ、夢のような生活にあこがれていたらしい。青梅の奥の日陰和田というところから、山へはいって谷川を渉って登った中腹の広場、ちょッと一町歩ぐらいの広さがあったかな。あるいは、一町歩以上あったかも知れない。小さな山々にかこまれた中腹であるが、大そう日当りのよい草地であった。そこには喬木も灌木もなく、雑草だけが繁っていた。あるいは伴氏が、立樹を全部切ったのかも知れない。
彼はそこで牛などを飼い、自然人の生活をやるつもりであったのかも知れない。二十何年ほど前の「改造」へ、彼はそんな夢を書いていた。当時はトーローの森の生活などが読まれたり愛されたりしていたような時世でもあった。文学で云うと、新感覚派が現れたころ。一方にコンミュニズムが、一方にロマンチシズムが、ひろがりはじめていたころ。