矢田津世子宛書簡
本文約780字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
矢田津世子へ宛てたこの書簡は、執筆中の小説に込める情熱と自身の文学的展望を綴る。作者は、存在の虚無を知性によって極限まで突き詰め、その先で文学の建設を成し得るか、あるいは文学を捨てて行動へ出るべきかという葛藤を吐露する。世俗的な事柄から離れ、ただ真実を見定めるために書斎での仕事に没頭する現在の心境と、肉体的な衰弱とは対照的に精神的な健康を感じているという自らの内面を告白する内容を収める。
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御手紙ありがたく存じました。御身体御大切に。身体が弱ると、思想が弱くなるのでいけません。
小生、今月始めから漸く仕事にかかりました。この仕事を書きあげるために命をちぢめてもいいと思っています。今の仕事は、存在そのものの虚無性(存在そのものの、と言うよりほかに今のところは仕方がないのですが)を知性によって極北へおしつめてみようとしているのです。この小説が終ったら、僕の生活に飛躍がくるかも知れません。この小説のあとは、もう行動があるばかりかも知れません。社会的な実際運動へ走るほかに仕方がないのではないかと、時々思うのですが、然しすべては、ただこの小説の書かれた後に、自分の真実を見定めるほかに仕方がないのです。
僕の虚無は深まるところまで深まったようです。おしつまるか、ぬけでるかで、もう仕方がないのです。ロレンスはのっぴきならぬその虚無を肉体によって解決したと思っていますが、あれは解決ではありませんね。あの小説の中でチャタレイ夫人は救われていますが、メロオズは明らかに救われていないのです。僕はあくまで知性にたよるほかありません。そして知性が、虚無を割りきった後に尚、文学の形に於て何物か建設しうるかどうか、もはや文学をすてて行動に走る以外に道がないか、僕のとる道はその結果へおしすすむほかに仕方がなくなりました。
仕事は秋の終るまでに出来るでしょう。僕はもうただ生きなければならないのです。真実を知ることだけ。そして今必要なのは書斎だけです。世間に魅力がありません。色々の病気のために身体がいくらか衰弱していますが、精神は生れて以来はじめて健康だと思っています。そして、いわゆる世間的な悲哀が感じられなくなりました。
僕の存在を、今僕の書いている仕事の中にだけ見て下さい。僕の肉体は貴方の前ではもう殺そうと思っています。昔の仕事も全て抹殺。安吾 津世子様
完