遍路
本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
那智から小口の宿、そして熊野本宮へと向かう険しい熊野道を、筆者は同行のT君と共に歩む。道中で老いた遍路や、かつて大阪で職人をしていた若き視覚障害の遍路と出会い、彼らとの対話を通じて自身の心境を見つめ直す。火難に遭い苦悩の中にいた筆者が、過酷な巡礼を続ける遍路たちの姿に勇気づけられ、困難な山越えの旅の中で自身の抱える孤独や感傷と向き合いながら、熊野権現へと辿り着くまでの道程と内面的な変化を綴る。
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那智には勝浦から馬車に乗つて行つた。昇り口のところに著いたときに豪雨が降つて来たので、そこでしばらく休み、すつかり雨装束に準備して滝の方へ上つて行つた。滝は華厳よりも規模は小さいが、思つたよりも好かつた。石畳の道をのぼつて行くと僕は息切れがした。
さてこれから船見峠、大雲取を越えて小口の宿まで行かうとするのであるが、僕に行けるかどうかといふ懸念があるくらゐであつた。那智権現に参拝し、今度の行程について祈願をした。そこを出て来て、小さい寺の庫裡口のやうなところに、『魚商人門内通行禁』と書いてあり、その側に、『うをうる人とほりぬけならん』と註してあつた。
滝見屋といふところで、腹をこしらへ、弁当を用意し、先達を雇つていよいよ出発したが、この山越は僕には非常に難儀なものであつた。いにしへの『熊野道』であるから、石が敷いてあるが、今は全く荒廃して雑草が道を埋めてしまつてゐる。T君は平家の盛な時の事を話し、清盛が熊野路からすぐ引返したことなども話して呉れた。僕は一足毎に汗を道におとした。それでも、山をのぼりつめて、くだりにならうといふところに腰をおろして弁当を食ひはじめた。道に溢れて流れてゐる水に口づけて飲んだり、梅干の種を向うの笹藪に投げたりして、出来るだけ長く休む方が楽であつた。