TRENDIA CLASSIC

遍路

斎藤茂吉

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那智には勝浦から馬車に乗つて行つた。昇り口のところに著いたときに豪雨が降つて来たので、そこでしばらく休み、すつかり雨装束に準備して滝の方へ上つて行つた。滝は華厳よりも規模は小さいが、思つたよりも好かつた。石畳の道をのぼつて行くと僕は息切れがした。

さてこれから船見峠、大雲取を越えて小口の宿まで行かうとするのであるが、僕に行けるかどうかといふ懸念があるくらゐであつた。那智権現に参拝し、今度の行程について祈願をした。そこを出て来て、小さい寺の庫裡口のやうなところに、『魚商人門内通行禁』と書いてあり、その側に、『うをうる人とほりぬけならん』と註してあつた。

滝見屋といふところで、腹をこしらへ、弁当を用意し、先達を雇つていよいよ出発したが、この山越は僕には非常に難儀なものであつた。いにしへの『熊野道』であるから、石が敷いてあるが、今は全く荒廃して雑草が道を埋めてしまつてゐる。T君は平家の盛な時の事を話し、清盛が熊野路からすぐ引返したことなども話して呉れた。僕は一足毎に汗を道におとした。それでも、山をのぼりつめて、くだりにならうといふところに腰をおろして弁当を食ひはじめた。道に溢れて流れてゐる水に口づけて飲んだり、梅干の種を向うの笹藪に投げたりして、出来るだけ長く休む方が楽であつた。

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