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TORENDIA

呉秀三先生

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

少年時代から呉秀三の著書に触れ敬慕の念を抱いていた著者が、学問上の師弟関係を経て、呉の精神医学への貢献や病者に対する真摯な態度を回顧する。本書は、正岡子規と呉の交友の跡を辿るエピソードを交えつつ、著者自身の学究生活における呉との思い出や、その学問的な偉大さを綴る随筆である。

斎藤茂吉

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🎧 呉秀三先生 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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故正岡子規先生の『仰臥漫録』は、私の精神生活にはなくてかなわぬ書物の一つであった。

『仰臥漫録』の日々の筆録が明治三十四年九月に入って、「病人の息たえだえに秋の蚊帳」とか「病室に蚊帳の寒さや蚊の名残」とか、「糸瓜さへ仏になるぞ後るるな」などいうあわれな句が書いてあるようになって、その廿三日のくだりに、

九月廿三日。晴。寒暖計八十二度(午后三時) 未明ニ家人ヲ起シテ便通アリ。朝。ヌク飯三ワン。佃煮。ナラ漬。胡桃飴煮。便通及繃帯トリカヘ。腹猶張ル心持アリ。牛乳五合ココア入。小菓数個。午。堅魚ノサシミ。ミソ汁実ハ玉葱ト芋。粥三ワン。ナラ漬。佃煮。梨一ツ。葡萄四房。間食。牛乳五合ココア入。ココア湯。菓子パン小十数個。塩センベイ一、二枚。夕。焼鰮四尾。粥三ワン。フヂ豆。佃煮。ナラ漬。飴二切。巴里浅井氏ヨリ上ノ如キ手紙来ル。

こう書いてあって、そのうえの方にワットマン紙の水彩絵ハガキが張りつけてある。川の水が緩く流れていて、黒い色の目金橋が架かっている。その橋が水に映っているところである。その向うに翠の濃い山が見えて、左手には何かポプラアのような木が五、六本かいてある。その余白に「ほととぎす著。昨日虚子君の消息を読み泣きました。この画はグレーといふ田舎の景色なり御病床の御慰みまで差上候。木魚生」とあり、それから「只今は帰りがけに巴里によりて遊居候その内に帰朝致久振にて御伺申すべく存候御左右その後いかが被為入候哉。三十四年八月十八呉秀三」とあり、その他に和田英作満谷国四郎氏も通信している。正岡先生はこの絵ハガキを『仰臥漫録』と簽した帳面に張りつけて朝な夕なにながめておられたのであった。私は計らずも故正岡先生と呉先生との精神上芸術上のこの交渉を見出して、不思議な因縁のつらなりに感動したのであったことを今想起する。

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