TRENDIA CLASSIC
我牢獄
北村透谷
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もし我にいかなる罪あるかを問はゞ、我は答ふる事を得ざるなり、然れども我は牢獄の中にあり。もし我を拘縛する者の誰なるを問はゞ、我は是を知らずと答ふるの外なかるべし。我は天性怯懦にして、強盗殺人の罪を犯すべき猛勇なし、豆大の昆虫を害ふても我心には重き傷痍を受けたらんと思ふなるに、法律の手をして我を縛せしむる如きは、いかでか我が為し得るところならんや。政治上の罪は世人の羨むところと聞けど我は之を喜ばず、一瞬時の利害に拘々して、空しく抗する事は、余の為す能はざるところなればなり。我は識らず、我は悟らず、如何なる罪によりて繋縛の身となりしかを。
然れども事実として、我は牢獄の中にあるなり。今更に歳の数を算ふるもうるさし、兎に角に我は数尺の牢室に禁籠せられつゝあるなり。我が投ぜられたる獄室は世の常の獄室とは異なりて、全く我を孤寂に委せり、古代の獄吏も、近世の看守も、我が獄室を守るものにあらず。我獄室の構造も大に世の監獄とは差へり、先づ我が坐する、否坐せしめらるゝ所といへば、天然の巌石にして、余を囲むには堅固なる鉄塀あり、余を繋ぐには鋼鉄の連鎖あり、之に加ふるに東側の巌端には危ふく懸れる倒石ありて我を脅かし、西方の鉄窓には巨大なる悪蛇を住ませて我を怖れしめ、前面には猛虎の檻ありて、我室内に向けて戸を開きあり、後面には彼の印度あたりにありといふ毒蝮の尾の鈴、断間なく我が耳に響きたり。
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