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TORENDIA

「油地獄」を読む

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

斎藤緑雨の小説「油地獄」および「犬蓼」を読み、その諷刺と写実の技法を論じる評論文。著者は現社会が抱える魔毒と人間の恋愛における弱点を描き出し、駒之助と貞之進という二人の主人公を通じて、諷刺家としての鋭い視点と写実家としての確かな描写力を示している。本書の持つ冷罵や諷刺の性格を分析しつつ、その構成や人物造形の妙を評価し、明治二十四年の文芸界における傑出した作品として紹介する。

北村透谷

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🎧 「油地獄」を読む / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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刑鞭を揮ふ獄吏として、自著自評の抗難者として、義捐小説の冷罵者として、正直正太夫の名を聞くこと久し。是等の冷罵抗難は正太夫を重からしめしや、将た軽からしめしや、そは茲に言ふ可きところならず、余は「油地獄」と題する一種奇様の小説を得たるを喜び、世評既に定まれりと告ぐる者あるにも拘らず、敢て一言をまんとす。

「油地獄」は「小説評註」と、「犬蓼」とを合はせ綴ぢて附録の如くす。「小説評註」は純然たる諷刺にして、当時の文豪を罵殺せんとする毒舌紙上に躍如たり。然れども其諷刺の原料として取る所の、重に文躰にありしを以て見れば、善く罵りしのみにして、未だ敵を塵滅するの力あらざりしを知るに足らむ。

「油地獄」と「犬蓼」とは結構を異にして想膸一なり。駒之助と貞之進其地位を代へ、其境遇を代ふれば貞之進は駒之助たるを得可く、駒之助は貞之進たるを得べし。然り、駒、貞、両主人公は微かに相異なるを認るのみ、然れども此暗合を以て著者の想像を狭しと難ずるは大早計なり、何となれば著者の全心は、広く想像を構へ、複雑なる社界の諸現象を映写し出でんとにはあらで、或一種の不調子、或一種の弱性を目懸けて一散に疾駆したるなればなり。一種の不調子とは何ぞ。曰く、現社界が抱有する魔毒、是なり。一種の弱性とは何ぞ。過去現在未来を通ずる人間の恋愛に対する弱点なり。

緑雨は巧に現社界の魔毒を写出せり。世々良伯は少しく不自然の傾きを示すと雖、今日の社界を距る事甚だ遠しとは言ふ可らず。栗原健介は極めて的実なり、市兵衛の如き、阿貞の如き、個々皆な生動す。而して美禰子と駒之助に至れば照応甚だ極好。深く今日の社界を学び、其奥底に潜める毒竜を捉らへ来つて、之を公衆の眼前に斬伐せんとの志か、正太夫。

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