各人心宮内の秘宮
本文約6,600字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
人生の本質は哲学や科学によっても説明し尽くせない不可解なものである。人間は世間という暗黒の中にありながらも理想を追い求め、宗教や思想を通じて精神的な進化を遂げてきた。人々の心には外から見える第一の宮だけでなく、誰にも覗けない奥深い秘宮が存在する。善悪の彼岸にあるこの秘宮の真実と向き合い、心を虚うして自然体で生きることこそが、永遠の生命と至上の平和に至る道であることを説く論考である。
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各人は自ら己れの生涯を説明せんとて、行為言動を示すものなり、而して今日に至るまで真に自己を説明し得たるもの、果して幾個かある。或は自己を隠慝し、或は自己を吹聴し、又た自らを誇示するものあれば、自らを退譲するものあり、要するに真に自己の生涯を説明するものは尠なきなり。
哲学あり、科学あり、人生を研究せんと企つる事久し、客観的詩人あり、主観的詩人あり、千里の天眼鏡を懸て人生を観測すること既に久し、而して哲学を以て、科学を以て、詩人の霊眼を以て、終に説明し尽すべからざるものは夫れ人生なるかな。
厭世大詩人バイロンが「我は哲学にも科学にも奥玄なるところまで進みしが、遂に益するところあらざりし」と放言し、万古の大戯曲家シヱーキスピーアが「世には哲学を以ても科学を以ても覗ひ見るべからざるものあり」と言ひたりしも、又た学問復興の大思想家と人の言ふなるベーコンが「哲学遂に際涯するところあらざるべし」と戯れたるも、畢竟するに甚深甚幽なる人間の生涯をいかんともすべからざるが為めならんかし。
人生はまことに説明し得べからざるものなるか。好し左らば、人生は暗黒なる雲霧の中に埋却すべきものとせんか。何物とは知らず吾人の中に、斯くするを否むものあるに似たり。
人の本性を善なりと認めたる支那の哲学者も、人の本性を悪と認めたる同じ国の哲学者も、世界を楽天地と思ひ定めしライプニッツも、世界を苦娑婆と唱へたるシヨツペンホウヱルも、或は善の一側を観じ、或は悪の一側を察し、或は楽境を睥目し、或は苦界を睨視したるものにして、是等大思想家の知り得たるところまでは確実なれども、なほ知り得べからざる不可覚界のひろさは、幾百万里程なるべきか。真理は実に多側なり。神の面は一なれど、之を見るものゝ眼によりていかやうにも見ゆるものなるべけれ。深山に分け入りて蹈み迷ふは不案内の旅客なり、然れども其出で来る時には、必らず深山の一部分を識得して之を人にも語り、自らも悟るなり、真理を尋究する思想家の為すところ、亦た斯の如くなるべけん。