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TORENDIA

博物誌 あとがき

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

博物誌の翻訳出版に際し、その成立過程や編集方針を綴る。ルナールの文学における独自性や、小動物や草木を観察した簡潔な筆致の背景、さらには日本的な感性との類似性を指摘する。フランス文壇における作家の立ち位置や、モーリス・ラヴェルによる楽曲化のエピソードにも触れ、本作が古典として持つ本質的な価値と、その洗練されたフランス語の評価について考察を述べる。

岸田国士

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『博物誌』という題は“Histoires Naturelles”の訳であるが、これはもうこれで世間に通った訳語だと思うから、そのまま使うことにした。

フランスにおける原著の最初の出版は一八九六年で、四十五の項目しかなかった。一九〇四年にフラマリオン社から出たのが、まず当時の決定普及版と言ってよく、七十項目から成っている。この訳はそれに拠ったものである。ボナールの挿絵もこの版では原本から引き写すことにした。

さきに、若干部の限定版を作ったが、それには明石哲三君が特別に描いてくれた絵を数枚入れた。念のためにここに記しておく。

ルナールの死後、全集に収められている『博物誌』は、多少、この版と内容が違うけれども、わざわざそれに従う必要はないと思った。

なお、同じ著者の『葡萄畑の葡萄作り』にも、この『博物誌』にある数項目が加えられているが、『葡萄畑……』は、もちろん『博物誌』よりも前に世に出たのである。

ルナールの作品としては、この『博物誌』が『にんじん』に次いで人口に膾炙している。それにはいろいろの理由がある。まず、その頃のフランス文壇及び読書界は、この作家の独特な才能を、かかる「影像」のうちにだけしか見いだし得ず、ジャーナリズムはまた、彼にファンテジストのレッテルを貼って、一回何行という短文をやたらに書かせた。

彼が自然を愛し、草木禽獣のいのちを鋭く捉えたことは事実であるが、その奇警な観察をこういう形式で纏めようという意図はもともと著者自身にはなかったかも知れないのである。

ところが、この類のない形式は、たまたま彼の存在を明確に色づけ、大衆の記憶に入り易くした。

同時に、「ちっちゃなものを書くルナール」の名声は、彼をますます「小さなもの」のなかに閉じこめたことは争うべからざる事実である。

しかし、彼の本領は必ずしも、文字でミニアチュールを描くことではない。『博物誌』のなかのあるものは、既にそれを証明している。ひろい正義愛、執拗な真実の探求、純粋な生活の讃美、ことにきびしいストイシスム、高邁な孤独な魂の悲痛な表情がそこにある。

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