TRENDIA CLASSIC

すべてを得るは難し

岸田國士

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弘子はいま幸福の絶頂にあつた。

夫の節蔵は奏任待遇になるし、一人息子の忠は麻疹を軽くすますし、恐る/\かけたパーマネントは自分ながらよく似合ふし、月八円ではじめて傭つた女中は田舎出のわりに気が利くし、家主は二つ返事で畳替をしてくれるし、まつたく、これで月給がもう二十円ほど余計であつたら、この世の中に何の不平もないくらゐであつた。

彼女は、数へ年の二十六であつた。女学校を出るとすぐに、専門学校出の鉄道省属、生駒節蔵――当時二十七――と結婚した。もちろん見合結婚である。両親の選んでくれた夫といふ意味で、彼女は、この未知の青年に希望を投げかけた。写真を見せられた時よりも会つて話をした時の方が感じもよく、最初会つた時よりも、二度目に二人きりで好きなものゝ当つくらをした時の方がぐつと好意がもて、いよ/\式をあげて一しよになつてみると、男つてこんなにまで変るものかと思はれるほど、優しく頼もしく立派であつた。

時々、そんな風に亭主を讃美する自分を、少し甘すぎやしないかと反省してみることもあるが、そんならといつて、ほかの男のどこが彼よりも優れてゐるか。収入の多いことや、官等の高いことは、女の幸福にどれほどのものを加へるであらう。かねて、実家の父がいつてゐたとほり、男の出世の蔭には、きつと細君の涙がかくされてゐるに違ひないのだ。

さういへば、女学校の頃、よく友達と未来の夢を描きあつた頃、理想の夫の条件に、それも冗談めかして、風采云々といふことをつけ加へたものである。

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