花問答
本文約14,200字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
縁側で日向ぼっこをしていた民子のもとへ、海軍大尉の東義一が訪ねてくる。民子は、兄の友人であり軍事用薬品の研究に打ち込む奥村圭吉に秘かな好意を抱いていたが、東は奥村の身に起きた衝撃的な事実を妻となった民子に告げる。本作は、かつて民子の心を揺さぶった奥村の献身と、現在の夫である東との関係を通じて、過ぎ去った青春の記憶と、複雑な心情の機微を鮮やかに描き出している。
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一
父は旅行、母は買物、兄は散歩といふわけで、珍しく民子一人が、縁側で日向ぼつこをしてゐるところへ、取次も乞はず、義一がのつそり庭伝ひにはひつて来た。
「あら、だあれも出なかつた?」
「呼んでもみなかつた。」
「物騒ね。」
「ねらつてゐる奴がゐるからな。」
さう云つて、東義一は、民子の顔をじろ/\見直した。
「へえ、今日は日本の着物を着てるんだな。似合ふよ、なか/\。」
「和服が似合はなかつたら、大変だわ。」
「自信がある人は違ふよ。」
「さういふ風に取るのは、いけないわ。」
「おい、ピンポンしよう。」
「駄目よ、相手に取つて不足だわ。」
「生意気云つてらあ。しかし、今日あたり、奥村がやつて来さうなもんだなあ。」
「あの方、あんまり真剣で、こはいわ。でも、今度は決勝戦なの。」
「あいつ、なんでもむきになる性だからなあ。お父さんは何処へ行つたの?」
「舞鶴よ。姉さんのとこの子供が、見たいらしいのよ。」
「さう/\、男の子だ。民ちやんも早く見せてあげるといゝや。」
が、それには答へないで、民子は、自分も来年は二十二だといふ考が、ふと、頭に浮んだ。
東義一は、海軍大尉で、軍令部出仕の参謀であつた。同郷の関係で、兵学校時代から、父が保証人になつてゐた上に、近頃では、外務省に勤めてゐる兄の速男とも仲好しになり、かうして、月に一度か二三度は、きまつて訪ねて来るのである。軍人らしい磊落な半面に、何処か冷徹なところがあり、それだけ人物が複雑なやうに思はれた。
父の南条宇吉は、長く欧洲航路の船長をしてゐたのが、今は職を退いて気楽な余生を送れる身分でありながら、ぢつとしてゐるのが嫌ひな性分で、その後も二三の海運事業に関係したりして、実際以上に忙しさうな風をしてゐるのである。豊かな見聞をもつてゐるせゐか、あまり窮屈な掟を設けない代り、何かよくないことをする人間を見ると、「あいつは日本人の名折れだ」と、罵倒するのが癖であつた。
この父は、上の娘を「商人」にやつたから、下の娘は「銭勘定のわからん男」にやつてもいゝなどと、戯談半分に云ふくらゐだから、それとなく、この海軍大尉に眼をつけてゐることは、民子自身にもわかつてゐたのである。