光は影を
本文約137,300字 ・ 読了時間 約275分
あらすじ(AIが作成しました)
長い戦争を経て復員した京野等志は、心斎橋で過去の記憶を売った代金で身なりを整え、家族が暮らす東京を目指す。家に戻った後も孤独や困惑を抱えつつ、かつて心を通わせた異国の女性を思い出す。やがて家族の「家」という枠組みへの愛憎と、そこから解放された妹の姿を目の当たりにし、それぞれの変容を感じ取る。戦争で断絶した時間と家族の秩序との間で葛藤しながら、日常を再生しようとする青年を描く。
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彼を待つもの
一
長い戦争をはさんで、まる七年目に、京野等志は、変りはてた祖国の土を踏み、漠然と父母兄弟がそのまゝ以前のところに住んでいるなら、という期待だけで、自然に東京へ向つて二昼夜の汽車の旅をつづけて来たのである。彼は途中、ふらふらと大阪で降りた。同行の誰かれが不審がるのを、笑つて理由は言わず、駅からまつすぐに勝手を知つた心斎橋へ地下鉄で出て、焼跡に建ち並んだバラックの一軒一軒をのぞきながら、とある古着を並べた店へ飛び込んだ。
「背広一と揃いと外套がほしいんだ。ちよつと見せてくれ」
「おや、あんたはん、復員とちがいまつか」
「お察しのとおり。だから、早くこのボロ服を脱いじまいたいんだ。相場はどんなもんか知らんが、現金が足りなかつたら、ちよつと金目のものを持つてるんだ。とにかく、寸法の合うやつを頼む」
出された中古の二、三点のなかから、手あたり次第、身丈に合つた灰色無地の三つ揃いと、すこし旧式すぎたが、暖たかそうなダブルの黒外套とを、これときめて値をきくと、当節、どんなに勉強しても両方で二万五千だと、主人は、それを引つ込める身構えで言う。
「よし、現金はむろんそんなにない。その代り、こいつを金にしてくれ。いくらに踏むか、おじさん」
彼が、胴巻から取り出したのは、金無垢と一と目でわかる女の腕環であつた。
「これや、なんや。ようでけとるけど、鍍金やな」
「よせやい、じいさん、ふざけないで、早くしろよ。買うのか、買わないのか」
「いくらやつたら、よろしおまつか?」
「目方をかけたらすぐわかるじやないか。二十八匁きつかりだ。三万ならいゝだろう」
古着屋の唇がヒョットコのように伸び、
「よろしおま、信用しときまひよ」