TRENDIA CLASSIC

光は影を

岸田國士

1 / 168

彼を待つもの

長い戦争をはさんで、まる七年目に、京野等志は、変りはてた祖国の土を踏み、漠然と父母兄弟がそのまゝ以前のところに住んでいるなら、という期待だけで、自然に東京へ向つて二昼夜の汽車の旅をつづけて来たのである。彼は途中、ふらふらと大阪で降りた。同行の誰かれが不審がるのを、笑つて理由は言わず、駅からまつすぐに勝手を知つた心斎橋へ地下鉄で出て、焼跡に建ち並んだバラックの一軒一軒をのぞきながら、とある古着を並べた店へ飛び込んだ。

「背広一と揃いと外套がほしいんだ。ちよつと見せてくれ」

「おや、あんたはん、復員とちがいまつか」

「お察しのとおり。だから、早くこのボロ服を脱いじまいたいんだ。相場はどんなもんか知らんが、現金が足りなかつたら、ちよつと金目のものを持つてるんだ。とにかく、寸法の合うやつを頼む」

出された中古の二、三点のなかから、手あたり次第、身丈に合つた灰色無地の三つ揃いと、すこし旧式すぎたが、暖たかそうなダブルの黒外套とを、これときめて値をきくと、当節、どんなに勉強しても両方で二万五千だと、主人は、それを引つ込める身構えで言う。

「よし、現金はむろんそんなにない。その代り、こいつを金にしてくれ。いくらに踏むか、おじさん」

彼が、胴巻から取り出したのは、金無垢と一と目でわかる女の腕環であつた。

「これや、なんや。ようでけとるけど、鍍金やな」

「よせやい、じいさん、ふざけないで、早くしろよ。買うのか、買わないのか」

「いくらやつたら、よろしおまつか?」

「目方をかけたらすぐわかるじやないか。二十八匁きつかりだ。三万ならいゝだろう」

古着屋の唇がヒョットコのように伸び、

「よろしおま、信用しときまひよ」

岸田國士の他の作品