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TORENDIA

髪の毛と花びら

本文約14,100字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

視力を失い点字の書籍制作に打ち込む佐伯歳男と、それを献身的に支える妻の美津子は、平穏な日々を送っていた。ある日、歳男の元へ治療に訪れた男が診察室に拳銃を置き忘れるという不可解な出来事が起こる。歳男は自身の鋭敏な聴覚と嗅覚を駆使して室内に潜む他人の気配を察知する。目が見えないことを侮る男に対し、歳男は自らの意志と誇りをかけて対峙し、緊張感の中で予期せぬ事態が引き起こされる。

岸田國士

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一

「もつと早く読んでいゝよ」

机の上におつかぶさるやうな姿勢で、夫は点字機を叩いてゐた。

美津子は、コタツにあたりながら、文庫版のメリメの短篇「マテオ・ファルコオネ」を、区切り区切り、調子をつけて読みあげてゐる。

結婚このかた、美津子は、かうして、夫が打ちこんでゐる仕事を助けて来た。夫の念願は、世の失明者のために点字図書館を作ることであつた。中学を終へて、高等学校の受験を前にひかへ、彼は、突然、眼をわづらひ、医療の効なく、まつたく視力を失つてしまつたのである。

一時は、絶望のあまり、自暴自棄に陥りかけたが、戦争の勃発が、彼に新しい生き方を発見させた。友人の多くは召集され、生死の巷に身を投げ出して行くのをみて、彼は、考へた。兵役免除といふ特権に甘えてはならないと。そこで、盲人が身につけ得る技術をひと通り習ひおぼえる決心をした。琴を除いて、彼は、盲学校の全課程をむさぼるやうに修めた。

六年の年月がたつた。ハリ、マッサージ、揉療治、それだけは国家試験をパスしたが、彼は、すぐにそれで生活したいとは思はなかつた。幸ひ、両親はまだぴんぴんしてゐた。革具と靴の店を出してゐる父は、不憫な息子のために、食ふ心配だけはさせないつもりでゐたから、彼は比較的のんきに、自分の好きな道を撰ぶことができた。

彼が思ひついたのは、同じ境遇にある人々のために、点字の書物をたくさん作ることであつた。ことに、彼は、面白い小説や読み物を失明者がひとりで読める幸福を想ひ描いて、誰かゞそれを与へなければならぬと思つた。

「今日はこれくらゐにしとかう。メリメがすんだら、久生十蘭をやらう。いつか読んでもらつた、そら、チベットへ行く話さ、あれを是非やらう」

「まだ、おなかおすきにならない?」

「すいた。いまなん時だらう?」

「五時半です。夕食の支度はもうできてるのよ。ちよつと温めさへしたらいゝんだから……」

「カレーはうんと辛くしてくれよ」

「あら、もうご存じなの?」

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