人は自分で自分をどうすることもできないことがあります。それは、ほかからの力でもなく、自分のうちにあるものといふことすら気のつかないことがしばしばあるのです。男でも女でもそのことはおなじですが、女はことに自分の生涯をなんびとかの手にゆだねるといふ習慣からなかなかぬけきれません。なにごとも運命と考へたり、はかない夢をいつまでも追ひつゞけるのは、まつたくそのためと言つてよいのです。
しかし、また、このことのために、少くとも愛情の世界では女を主体とする複雑な生活が形づくられます。一見、謎めいたものも、そのうちにはあるのです。
この物語はさういふ女たち二つの典型を組合せて、それぞれをどうすることもできない結末に導く一つの、寓話にすぎません。
一
根本保枝は結婚生活をだんだん重荷に感じだした女の一人でした。
二十二のとき、勧めるひとがあつて型どほりの見合結婚をし、その頃中学の教師をしてゐた夫の薄給をおぎなふ目的で、自分もさる女学校の家事を受持つてみたのですが、間もなく子供ができ、通勤は無理といふことになつて、いろいろ考へてゐる最中、夫の卯吉が胸の病気にかゝり、治癒が思はしくいかぬばかりか、たうとう再起不能の宣告を受けるといふ始末で、彼女は多少自信のある毛糸編物を手内職にして一家の生計を立てなければなりませんでした。しかし、幸ひなことに、子供はわりに丈夫に育ち、男の子としてはまづ性質もおとなしい方で、母親を手こずらせることはすくなかつたばかりでなく夫の卯吉も、なるほど胸膜剥離の手術に失敗して完全なからだに復することはできませんでしたが、よく身のほどをわきまへてゐて、神妙に病床の味気ない生活に堪へ、我儘かん癪で妻に当るやうな傾向はまづないと云つてよかつたやうです。
保枝は、そんなわけで、世間的な苦労はひととほり嘗めたつもりですが、よく考へてみると、自分よりもつと不仕合せな女がいくらでもゐることがわかり、ともかく、夫の健康をのぞいては、さうさう愚痴をこぼすいはれもないといふ風に自分を慰めるのが常でした。