TRENDIA CLASSIC
春秋座の「父帰
る」
岸田國士
1 / 3
菊池氏の作品を実際舞台の上で見るのは、「忠直卿行状記」の脚色されたものを除いて、今度、本郷座にかゝつてゐる「浦の苫屋」と、それから、明治座の「父帰る」がはじめてである。
「父帰る」は菊池氏の傑作らしい。菊池氏の傑作であるのみならず、現代日本の生んだ世界的名作であると云ふ人もある。
私は、今日まで常にさうであつたやうに、偉大な作品に対する敬意と期待とを以て、静かに幕が明くのを待つた。
嵐の一幕……。
私は非常な感動を受けた。涙を押へることができなかつた。声を上げて泣かうとした。私は自分が何処にゐるのかを忘れやうとした。
私はたしかに何物かを見た。私の心は、強く、何ものかに撃たれた。
私は、何を見たのだらう。夫に棄てられた妻、父に棄てられた兄弟を見た。二十年ぶりで我家に帰つて来る父を見た。父に対する兄の敵意を見た。弟の因襲的情愛を見た。母と妹の女らしい涙を見た。父の失望を見た。少しばかりの憤りを見た。そして最後に、兄の口から放たれる「血の叫び」を聞いた。私は泣いた。隣席の娘らも泣いた。後ろの田舎紳士も泣いた。神も泣くだらう。鬼も泣くだらう。若し泣かないものがあるとすれば、それは冷静な批評家ばかりに違ひない。
扨て、私は、そつと涙をふいて、息苦しい胸の動悸を鎮め、徐ろに、何の為めに自分がこゝに来てゐるのかを考へた。
「父帰る」はたしかに傑作である。かう云ひ切つてしまふのが私の義務だらうか。若し私が何も云はずにゐたら、私の感動、私の流した涙が、それを語る有力な代弁者ではないだらうか。私はさうは思はない。「父帰る」は見物をあゝ泣かせてしまふところに、惜しむべき芸術的の瑕瑾がある。
岸田國士の他の作品
TRENDIA CLASSIC
「明るい文学」
について
岸田國士
「明るい文学」について
岸田國士 ・ 約8分
TRENDIA CLASSIC
『紙風船』につ
いて
岸田國士
『紙風船』について
岸田國士 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
希望
岸田國士
希望
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
北軽井沢にて
岸田國士
北軽井沢にて
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
『現代短歌大系
』のために
岸田國士
『現代短歌大系』のために
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「国語文化講座
」監修者の言葉
岸田國士
「国語文化講座」監修者の言葉
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「サント・ブウ
ヴ選集」推薦の
言葉
岸田國士
「サント・ブウヴ選集」推薦の言葉
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
ジーブルグ著「
神はフランスに
ゐるか」
岸田國士
ジーブルグ著「神はフランスにゐるか」
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
新劇の拓く道
岸田國士
新劇の拓く道
岸田國士 ・ 約3分
TRENDIA CLASSIC
新鮮な魅力
岸田國士
新鮮な魅力
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
新築地に与へて
岸田國士
新築地に与へて
岸田國士 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
戦争指導者
岸田國士
戦争指導者
岸田國士 ・ 約1分