一言二言三言
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
「誇大妄想狂」「沈黙」「作者と作中の人物」の三篇を収める。社会情勢を論じる風潮への言及、言葉の持つ重要性や広がりについての考察、さらには作品中の人物と作者を混同して批評する世の風潮に対する異議を綴る。芸術作品はあくまで芸術として捉えられるべきであり、作家の人間性や道徳と切り離して論じることの重要性を説く。芸術的であることや芸術家であることの意味を問い直し、現代の批評家たちが直面する創作のあり方について問題を提起する随筆集である。
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誇大妄想狂
幕末の志士は佳し。爾来ニキビ面の低脳児、袖をまくりて天下国家を論ずるの風、一時、奇観を呈せり。釈迦、基督はよし、ダントン、レエニンは佳し。今日、猫も杓子も、社会、人類を憂へて、騒然、喧然。
東洋人、由来、悲憤慷慨の気に富む。
――俺は、どうしてかう意気地がないのか。
――きやつは、実に怪しからん。
――貴様は何といふ恥知らずだ。
佳し、佳し。
希くは、「死すとも」それ以上を言ふ勿れ。
沈黙
沈黙は金……云々といふ格言を、文芸の道に通用せんとする人あり。
筆を折るに若かず。
最も巧みに選ばれたる言葉、これが文芸作品の全部なり。言葉と言葉との間に、若し、何か在りとすれば、そは、何ものにも非ず、たゞ、言葉のイメエヂがもつ広さのみ。
これを沈黙と名づくるは、言葉の命に無関心なる証拠。
言葉のイメエヂがもつ広さ、これは文芸の本質的価値を左右するもの。
含蓄、余韻、暗示的効果などの語、概ね、これを指す。
沈黙は金と断ずる論者、意、果して其処に在りや。
作者と作中の人物
一つの作品を論ずる場合に、必ず、その中の人物に作者を結びつけて、その人格を云々せざれば承知せざる批評家あり。
作品は巧みに書かれあるも、主人公の人物が気に食はず、故に、此の作品は面白くなしと云ふなり。
主人公の人物が気に喰はず、その性格に同情がもてず、女を追ひ出すとは不都合なり、どうして、あゝ酒ばかり飲んでゐるのか、扨ては、資本主義的なるは時代遅れなり云々などゝ、さも、自分の子供か友人に対してゞも云ふやうなことを云つて、それを今度は、作者に持つて行き、此の作者はまだ人間的修養が足らず、風格が出来てゐず、オツチヨコチヨイなるべしなどゝ罵倒す。
一寸、これ、困りたるものなり。
なるほど、作品を通じて、作者の一面を窺ひ得ることは事実なり。作品種篇を通じて、作者の面影を、ほゞ察し得ることは事実なり。