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TORENDIA

過渡時代

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

イプセン以降の欧州作家の影響を受けてきた日本現代劇の現状を分析し、その傾向や課題を論じる。海外の劇作に触れながらも未だ写実の手法から脱しきれず、流行を追いかけては出発点に戻るという日本の劇壇が抱える停滞した実態を指摘する。外来の形式的概念を取り入れる段階に留まる現代劇において、外国劇の真の影響はこれから受けるものだと見なし、作家たちの創作姿勢を批判的に検討する評論である。

岸田國士

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🎧 過渡時代 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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此の問に答へる為めには、先づ、日本現代劇――さう名づけらるべき個々の作品並にその作家の傾向、作風等に対し、一通りの研究ができてゐなければならない。私は、まだその研究を怠つてゐる。

で、甚だ大づかみな観方から、此の問題に答へることを許されるならば、私は次の如く答へよう。

日本現代劇はイプセン以後、今日に至るまでのあらゆる代表的欧洲作家の影響を、一と通り受けてゐる。曰く、誰、曰く、誰、一々名を挙げるにも及ぶまい。勿論、日本作家としては個人的にめいめいの好みがあるだらうけれど、結局、その「好み」に終始しないで、流行を追つて甲より乙に転じて来た傾がある。

大部分の人は先づイプセンの洗礼を受けてゐるだらう。一部の人は、趣味から云つてかなりマアテルリンクとかチエホフとかの影響を受けてゐるやうに見えた。今日ではそれも目立たなくなつた。近頃では表現派が多少の模倣者乃至共鳴者を生んだことは明かな事実である。現代劇作家の多くは英語又は独逸語の読める人である。前者はアイルランド劇に注意を払つたであらう、後者は、ハウプトマンやシユニツツレルに傾倒したであらう。

翻訳を通して読んだ人は、ストリンドベリイやゴオルキイからいろいろの暗示を受けたらう。之に反して恐らく、仏蘭西の劇作家からは何等教へられる処はなかつたらう。ブリユウなどが早く紹介されたにした処で。

日本現代劇はまだ揺籃時代である。私に云はせれば、外国劇のほんとうの影響は、これから先き受けようとしてゐるのである。あまり眼まぐるしく多くの外国作家を次ぎ次ぎと見せられた現代日本の劇壇は、まだほんの西洋劇なるものゝ形式的概念だけを掴み得たに過ぎない状態にある。

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