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TORENDIA

「チロルの秋」以来

本文約900字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

演劇新潮に発表した処女作『チロルの秋』が、新劇協会の畑中の手により上演されることになる。伊沢をステラ役に、石川をアマノ役に配した稽古の日々を経て、迎えた初日の舞台。見物席に居たたまれず、汗をかきながら苦悶する自身の姿を振り返り、舞台と自らの関わりについて綴る。作者にとって決して愉快ではないこの上演体験が、いかにして芝居という芸術を真剣に考える契機となったかを回想する内容である。

岸田國士

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🎧 「チロルの秋」以来 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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私の戯曲の処女上演は、「チロルの秋」です。

一昨々年の九月、演劇新潮に、私の第二作「チロルの秋」が発表されると、間もなく、新劇協会の畑中君が見えて、あれを出したいと云ふのです。

ステラの役は伊沢君にきまつてゐました。伊沢君は、数年前その初舞台を見たきりですが、あの落ついた物腰と云ひ、あのうるほひのある声と云ひ、申分ないと思ひました。

アマノは、郷橋君か石川君といふことでした。どちらも未知の俳優でしたが、まあ、やつて見て貰ふことにしました。

稽古がはじまると、私は、入院をしなければならなくなつたので、私の作品をよく読んでくれてゐる友人の辰野隆君に、一二度稽古を見てもらひました。間もなく、起きられるやうになつて、私も稽古に立ち会ひました。

その時は、アマノの役は石川君にきまつてゐました。少し優しすぎるアマノだなと思つてゐました。

エリザは、今の松井潤子さん、可憐なチロルの少女になつてゐました。

初日の幕が明きました。

私は、実際、汗をかきました。とても見物席に坐つてはをられないのです。喫煙室へはひつて、頭をかゝへ、おれはどうしてこんなものを演らせたんだらうと、地団太を踏みました。舞台からは、まだ台詞が途切れ途切れに聞えて来ます。はやく幕が下りればいゝのに……。さうだ、見物席から、そんな芝居はやめちまへ! と呶鳴つてやらう。が、そんなことをしたら、なほ恥さらしぢやないか。私は人から顔を見られるのさへたまらない気がして、こそ/\楽屋へひつ込みました。処が、そこでまた俳優に顔を合はせ、一体、何と挨拶をすべきでせう。伊沢君が、舞台をすませて、私の方へ歩いて来ます。石川君が化粧を落しながら、何か私に話しかけました、お前は、こんなところにゐる人間ぢやない――誰かゞさう云つてゐるやうな気がして、私は、後を振り返らずに外へ出ました。

帝国ホテルの、あの建物が、晴れた星空の下で、大きな口を開いてゐました。

此の思ひ出は、私にとつて、決して愉快な思ひ出ではありません。

しかし、私と芝居との腐れ縁は、此の時にはじまつたと云つて差支へないでせう。なぜなら、その時から、私は、芝居といふものを真剣に考へ出したのです。

完

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