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TORENDIA

演出について

本文約4,000字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

演出者は舞台監督や演出助手といった組織系統の中核に位置づけられ、脚本や俳優の性質に応じた柔軟な演出が求められる。本書は、演出とは個人の独創性で全てを制御する行為ではなく、脚本の意図や俳優の資質と調和を図るものであると論じる。演出家が俳優と協議し、時には批評的な対話を通じて、俳優自身が役を活かし舞台全体が生命を持つための、適正な関わり方と演出のあり方を体系的に考察する。

岸田國士

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以前は単に「舞台監督」と呼ばれてゐた者が、今日では「演出者」といふ名称を与へられ、その下に、更に「舞台監督」なるものや、「演出助手」なるものが従属するやうなシステムを、少くとも新劇団体の間で採用してゐるのは、多分、築地小劇場あたりの「独逸流演出法」から範を取つたものだと思はれるが、近代に於ける演劇革命の一特色が、舞台労役の組織化に在つたとすれば、この大がかりな命令系統の樹立は、あながち無益なことではあるまい。

そこで、私は、この旧称「舞台監督」即ち、今日でいふ「演出者」の仕事について、一つ、実際的な問題を提供してみたいと思ふ。

「演出者」といふ言葉は、仏蘭西語の「metteur en scne」の訳であるらしいから、これは別段、新しい意味に解する必要はあるまい。この言葉は、「mise en scne」即ち「板にかけること」から出たものである以上、寧ろ、一般に用ひられてゐるこの言葉を土台にして考へることにしよう。

元来、演出といふものを、一つの纏つた仕事と解するやうになつたことが、近代殊に、自由劇場以後の習慣であり、また、それら運動の功績であつて、それまでは、寧ろ俳優の演技に附随する衣裳、舞台装置万端の工夫整頓を指すにすぎず、伝統を墨守する仏蘭西の一部劇壇人は、今日もなほ、「mise en scne」と云へば、舞台装置のことと解してゐるくらゐである。旧称「舞台監督」は、無論 Regisseur の訳であつて、これは、独逸と仏蘭西とでは意味が違ひ、仏蘭西では、日本在来の「幕内主任」といふやうな役である。この意味から、最近の「舞台監督」が生れて来たのだとすれば、それはそれでいいわけになる。

何れにしても、今日でいふ「演出」なるものには、既に幾多の議論や主張が出てゐて、「演出法」とか、「演出学」とかいふ固くるしい研究も行はれてゐるやうだが、結局、一人の人間の頭で、好い芝居を作り上げなければならぬといふ己惚れを棄てない限り、どんな理論も学説も、机上に於てしか通用しないのだ。

私は、自分の乏しい経験と仏蘭西に於ける若干の実例に照して、次のやうな結論を導き出した。

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