巴里の新年
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
異国の地巴里で四度の新年を迎えた著者が、日本と欧米の正月に対する感覚の相違を綴る。華やかな儀式を重んじる日本の正月とは異なり、欧米のそれは簡素であると説く。しかし、カトリックの祝日である王様の日には、家庭で菓子を囲み、人形を引き当てた者を王や女王として祝う娯楽が催される。この日だけに日本の正月のカルタ会に近い家族的な情緒を見出し、慣習の異なる地での自身の体験と異文化への思索を記す。
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旅の眼に映じた外国の正月をといふお需めで、一昔前の記憶から探してみたが、其処にはほとんど、「お正月」といふものがない。我々の頭に幼少の頃から浸み込んでゐるお正月、新年、といふものとは、およそかけ離れたものであつた。古い一年が逝き、新しい年が来るといふ事を、我々の祖先が何故こんなに重大事とし華やかな儀式を以つて迎へる様になつたか、その穿鑿は別として、欧米人は、実にあつさりとこれを扱つてゐる。私は丁度四回の新年を巴里で迎へたわけであるが、仏蘭西人の下宿に住み、故国からの留学生とか、大使館関係の人達との交際なども少なかつたので、猶更、その正月はひつそりしたものであつた。最初の年はそれでも、「あ、今時分は弟妹達、雑煮でも祝つてゐるかな」とか、母の得意の煎田作で飯を食べてみたいとか思つたりしたものであるが、次の年からは、そんな感傷も薄らぎ、結句、煩雑な儀礼に縛られないで済む身軽さの気持に、のびのびと己れを浸してゐた。
それでも大晦日の晩は、レヴエイヨンといつて、みんな大概レストランか何かに出かけ、知人等と食事を供にし、踊つたり、唄つたりで、夜を更かす、つまりそれが外国では、新年を迎へる気持の唯一の現はれと云へよう。その騒ぎも、夜が明ける頃には、何処もすつかり静まつて、街上にも屋内にも、平常と何の変りもない一日が来る。起きて、食堂にでも出て来ると、流石、下宿の女主人が、「お早う」の代りに「お目出度う」と云つてくれる。しかし、それもほんの軽い挨拶で、別に、その言葉から正月を感じさせてくれるやうなものではない。