フランスに於けるシェイクスピア
本文約8,000字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
フランスにおけるシェイクスピアの受容と変遷を論じる。十七世紀には一部の知識人に名前が知られる程度であったが、十八世紀のヴォルテールらによる紹介を経て、十九世紀には劇団の来演が浪曼派の活動に大きな影響を与える。フランス人の論理的で分析的な性癖がシェイクスピアの神秘的な理解を妨げていると指摘しつつ、日本における研究のさらなる発展と新たな視点での翻訳への期待を表明する。
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嘗てイタリーへ旅行しました時、ロナで、或るシェイクスピアの作中のそれのやうな月のいゝ晩に、市中を歩いてをりますと、「ロミオとジュリエットの墓」といふ標札が目に附きました。多分、後人の拵へ物だらうと疑ひながら、その墓の中へ入つて行きますと、墓の中には、大理石の大きな棺桶がたつた一つ。「ロミオとジュリエットの墓」なら二つありさうなものと思つて、捜して見ましたけれども、見つかりませんでした。しかしその一つが可なり大きいので、今日の人間なら二人分だとも見えます。二人ゆつくり並んで寝られるほどの棺でありますが、その棺の中には、無論ロミオの頭蓋骨もなく、ジュリエットの腕の骨一つ入つてゐないのでした。うす暗くて、よくわかりませんでしたが、奥の方にはイタリー特有の糸杉の立木があつて、そこに何かの胸像らしいものが真白に浮き出てゐました。近づいて見ると、それはシェイクスピアの胸像でありました。棺を見ただけでは別にどういふ感じもなかつたのですが、その胸像を見ると共に、一種厳粛な、荘厳な気持に打たれ、実際自分が「ロミオとジュリエット」の舞台の人物といふほどでもありませんが、殆んどその時代にゐて、その物語りを直接に感じてゐるやうな気がしたのでした。同時に、その作者シェイクスピアは何国の人間であるかなどといふことを少しも考へずに、たゞもうわれわれのシェイクスピアだといふ風に思つて、なつかしみを感じたのでありました。
御註文の「フランスにおけるシェイクスピア」といふやうなことについては、さしあたり纏まつた知識も持合せてをりませんが、折角のお需めですからざつとした御報告を試みようと思ひます。