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TORENDIA

風俗の非道徳性

本文約8,100字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

現代日本人の精神や徳性が時局に応じて十分に機能していない現状を分析し、その根本原因が現代風俗の特殊性に起因すると論じる。観念的な道徳や宣伝標語のみで国民生活を調整しようとする態度の限界を指摘し、風俗こそが道徳の根柢であると主張する。国家の危機を国民自身が痛切に感じ、国民一人ひとりが自身の弱点を冷静に把握して克服に努めることの必要性を説く社会批評である。

岸田國士

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一

時局が特に要求する国民の覚悟といふことについて私は考へた。わが国民全体がかうあらねばならぬといふ状態を想像してみる。人間がおほむねさうあり得る現実の諸条件を計算に入れたうへである。

現代の日本人がもつ強味と弱点とがまづ問題になるであらう。

強味はなんと云つても国家意識の旺盛なことである。敵愾心も強い。いざといふ場合、有無を云はぬ。一種の生死観によつて、身命を潔く擲つことができ、悲みに堪へる訓練ができてゐる。先づまづ戦争には誂へ向きの特性を具へてゐると云つていゝが、これをもつて直ちに好戦的だといふことはできぬ。

好戦的にみえるのは、極度の負けぎらひと国民文学の伝統に根ざす戦記風の表現のためである。われわれの戦記は、常にロマンチツクであり、戦ひを美化することに努めた。歴史は武将の行動として花さき、教育は武家の文化として実を結んだ。巷には侠気が根をおろした。

軍事専門家としてはともかく、国民自体は、他の如何なる国民にもまして本質的に平和を愛してゐる。その証拠はいくらでもある。しかも、他の如何なる国民よりも戦争を怖れない。大義名分は立ちどころ成り、どんなことがあつても負けぬといふ信仰があり、殊に今まで負けたことがないからである。

ところが、今度の事変では、国民に対する政府の警告が、しばしば発せられる。杞憂と思はれることもあるが、尤もと感ぜられる節も多々ある。理由さへわかれば、国民は納得する。理由の説明が足らぬ場合は、国民も半信半疑である。これ以上説明ができぬといふなら、強いて訊かうとは誰も思はぬが、その代り、国民の間にのみ通じるところの、血の温かさを常に言葉のなかに含めてほしい。

国民の一人として、私の政府への希望は、たゞこれだけである。しかしながら、私のひそかに思ふことは、国民をしてかゝる不満を抱かしめる原因と、当局が口を酸くして云はねば国民が自ら覚るところがなささうだといふことの原因との間に、実は、共通の現代風俗がみられるのである。

二

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