誰かの小説にあつたやうに思ふが、ある画家がこれも画家である友人の才能をねたみ、その作品が後世に伝へられることを妨げるため、その友人の作品を全部価格に頓着なく買収して、悉くこれを破棄するといつた話――私は、この話が如何にも作り事らしいのでこれをそのまゝ実際問題の例にはしたくないのだが、それと似た話で――ある女優が若い画家に自分の肖像をかいてもらつたが、どうも気に入らない。そこで金を払つてその画を受けとり、之を焼き棄てゝしまつたといふ事実がある。
今度は私が実際に遭遇した経験であるが、ある原稿をある書店に売渡したが、その書店はその原稿を活字にする前に紛失してしまつた。(その後、その書店は火災にあつたから、その時焼失したとすれば、不可抗力だから問題は別であるが)処で、その書店は、既に原稿料を払つて、著作権の譲渡を受けてゐるのであるから、紛失しやうが、どうしやうがそれは自分の損失にこそなれ、著者に取つては何等損害にはならぬと考へてをれば大間違ひである。(著者は原稿を書店に売渡す前に手もとに「原稿の控へ」を保存して置くべきであつたといふ非難を受ければそれまでゝあるが)
もう一つ――今度は脚本の上演についてゞあるが、法律は単に作者の物質的利益を擁護してゐるだけで、従つて、一般興行者も上演料さへ払へばといふ考へがあり殊に、所謂研究的演出の名の下に、上演料免除を当然の権利と心得てゐる半素人劇団などが、最も作者の立場を無視し、その意図に反する舞台を公開し、何等恥る色もないといふ有様である。
今更、旧いことをかつぎ出すのは当事者には御迷惑かも知れないが、例の帝国劇場で山本有三氏の作を無断改作して上演した事件の如き、また、自分のことをいふなら先日、或人よりの通知によれば、日本映画俳優学校とかいふ処の研究劇試演に拙作『軌道』を無断上演し、しかもプログラムには作者名を隠匿発表した如き、自作の芸術的冒涜さへ監視できない立場にある作者は実にみじめである。