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TORENDIA

懐疑的宣言

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

ジユウル・ルナアルの日記を題材に、著者自身の読後感とルナアルの人物像を論じる。本書は自己解剖と周囲への辛辣な悪罵に満ちた日記兼ノートであり、その偏狭さやエゴイズムの裏にある人間味や「正直さ」に焦点を当てる。著者はルナアルを、自身の醜さを隠さず客観視する姿勢にこそ魅力があるとし、「小ささ」を通じた偉大さを体現する作家としてその唯一無二の価値を浮き彫りにする。

岸田國士

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🎧 懐疑的宣言 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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この二三年来、私の読んだもののうちで、ジユウル・ルナアルの日記ほど、私の心を動かしたものはない。

私は決して、彼を所謂「偉大な作家」だと思つてはゐなかつた。しかし、これほどまでに「人間の小ささ」を悉く具へてゐる男だとも思はなかつた。私はこの日記を繙くに当つて、忽ち眉を寄せ、脇の下に汗をさへかいた。その偏狭さ、傲慢さ、嫉妬深さ、名声への卑俗な執着、病的なエゴイズム……彼は、誠に、憫笑に値する人物である。ところが、これらの「醜さ」を暴露しつゝ、その「醜さ」の陰に、燦然と光るものを覗かせてゐる。私は、思はずホツとした。彼は、人が自分に向つて云ふべきことを、自ら自分自身に言つてゐる。しかも、その態度には、懺悔風の女々しさもなく、露悪的衒気もない。彼は、そこではじめて持ち前の「正直さ」を発揮してゐるのだ。そして、その「正直さ」が、運命的とさへみえるところに、この日記全巻に漲る「恐ろしさ」があり、人間ルナアルの不思議な魅力が潜んでゐるやうに思はれる。

自ら「小作家の頭目」を以て任じ、音楽と美術には縁なき衆生と公言し、人間、わけても自分の母親を嫌ひ、社会主義に楯つきながらジヨオレスを愛し、自然派の仲間に入れられながら、ユゴオとロスタンを讃美し、裕かだと思はれるから貧乏をし、健康さうにみえて、実は病苦に悩んでゐる彼を思ふと、私は、こゝに再び、最も愛すべく親しむべき一人の作家を見出すのである。レオン・ドオデの言葉の如く、彼こそ、あらゆる意味に於て「小ささ」による「偉大さ」への道を示し得たユニツクな作家だ。

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