TRENDIA CLASSIC

懐疑的宣言

岸田國士

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この二三年来、私の読んだもののうちで、ジユウル・ルナアルの日記ほど、私の心を動かしたものはない。

私は決して、彼を所謂「偉大な作家」だと思つてはゐなかつた。しかし、これほどまでに「人間の小ささ」を悉く具へてゐる男だとも思はなかつた。私はこの日記を繙くに当つて、忽ち眉を寄せ、脇の下に汗をさへかいた。その偏狭さ、傲慢さ、嫉妬深さ、名声への卑俗な執着、病的なエゴイズム……彼は、誠に、憫笑に値する人物である。ところが、これらの「醜さ」を暴露しつゝ、その「醜さ」の陰に、燦然と光るものを覗かせてゐる。私は、思はずホツとした。彼は、人が自分に向つて云ふべきことを、自ら自分自身に言つてゐる。しかも、その態度には、懺悔風の女々しさもなく、露悪的衒気もない。彼は、そこではじめて持ち前の「正直さ」を発揮してゐるのだ。そして、その「正直さ」が、運命的とさへみえるところに、この日記全巻に漲る「恐ろしさ」があり、人間ルナアルの不思議な魅力が潜んでゐるやうに思はれる。

自ら「小作家の頭目」を以て任じ、音楽と美術には縁なき衆生と公言し、人間、わけても自分の母親を嫌ひ、社会主義に楯つきながらジヨオレスを愛し、自然派の仲間に入れられながら、ユゴオとロスタンを讃美し、裕かだと思はれるから貧乏をし、健康さうにみえて、実は病苦に悩んでゐる彼を思ふと、私は、こゝに再び、最も愛すべく親しむべき一人の作家を見出すのである。レオン・ドオデの言葉の如く、彼こそ、あらゆる意味に於て「小ささ」による「偉大さ」への道を示し得たユニツクな作家だ。

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